帰らぬ許仙、待ち受けていた法海和尚、第1バトル
白娘子フォークロア(6)金山水没事件
(白娘子)
鎮江の金山寺 |
如来さまの説教、もう何年こうして聴いて来ただろう。
蓮坐の下、16人の仏弟子たちの読経。
覚醒した、自分でそう感じた時にはもう、法術が身に付いていた。
自分は草叢で甲羅干しをしていただけなのだ。
そこを子供に捕まった。
子供は「お父さん、草亀だよ」、と親父に手渡した。
親父はあろうことか、自分を売り飛ばした。
甲羅を割られて調理されてしまおうという、まさにその時。
また、自分を譲り受けた者がいた。
それは変な瘋癲和尚だった。
その変な和尚は妙な言い掛かりをつけて、銭も払わずに自分を譲り受けたのだ。
変な和尚は「お前さんもドジだなあ」、そう言って自分を放り投げた。
投げられて、気が付いたら、西天の蓮池の中にいた。
以来毎日、自分は蓮坐の陰で如来さまの説教を聴いてきた。
沙羅双樹の下で瞑想する如来さま、これはチャンスではない。
あれは眠っているようでいて、恐ろしく鋭敏になっている。
水音ひとつ、枯葉ひとつ落ちても、それを知っている。
それが今の自分にはわかる。
そして、チャンスは突然にやってきた。
どうしたことか、今日は誰もいない。
如来さまの三宝 ─ 金鉢、袈裟、青龍禅杖。
盗み出して下界に駆け戻った。
ここはひとつ、坊主に化けるとしようか。
法術は誰にも退けはとるまい。
法力無辺、海裂山崩、名は『法海』とした。
江南、やはり水の傍がいい。
鎮江、長江の畔(ほとり)だ。
金山と焦山の山勢、長江の壮大で優美なうねり。
気が一点に集中している、理想的だ、金山寺、ここにしよう。
草ガメは、鎮江の金山寺に棲み付きました。
秘密裏に妖術で住職を殺害して自分が取って代わり、法海と名乗りました。
次に、鎮江の街に疫病を撒き散らします。
そうすれば、庇護を求めて香を焚きに大勢の人が参拝するだろう、という作戦です。
ところが、法海和尚の疫病が流行らない。
どうもおかしい、調べてみると、保和堂の処方が効いているらしい。
『避瘟丹』と『駆疫散』、なぜ人間にそんな医薬が処方できるのか?
法海和尚は、諸国行脚の僧に化けて保和堂の様子を伺いにやってきました。
見ればなるほど、若夫婦が忙しそうに製薬をしている。
くそ腹立たしい、近所で聞き込みをやってみると、女房の白娘子の処方だといいます。
そこで白娘子をよく看てみると、
人ではない?
あれは、白蛇、じゃないか。
如来さまの説法で覚醒したカメが、白蛇ごときにしてやられる。
そういうわけにはいきません。
白娘子が2階に上がった隙を突いて、法海和尚は店内に入り、
「施主さま、商売繁盛で結構で御座いますな
どうぞ、拙僧にも御縁を賜りますよう」
と合掌。
「どんな縁を賜るの?」、と許仙。
「7月15日は盂蘭盆会、当金山寺でも法会を執り行います
どうぞ施主さまも御来寺賜り、ご焼香なされませ」
許仙、喜捨をして檀家帳に名前を書いてしまいました。
あっという間に、7月15日。
許仙は早起きして身繕い。
白娘子に、
「かあちゃん、今日は金山で盂蘭盆会だってよ
オレたちも行って、ちょいと焼香してこよう」
「私は無理ですよ、金山を登るなんて」
と膨らみ始めたお腹をさすりながら、白娘子。
「アンタ行って来なさいよ
焼香すんだら、とっとと帰って来んのよ」
ひとりで金山寺を訪れた許仙、山門をくぐったとたんに、法海和尚に捕まった。
そのまま寺の庫裏に連れ込まれ、
「よう来なされた、実はお話が御座いますのじゃ
貴殿の奥方、あれはな、紛う事なき妖精じゃ」
「うんそーだろ、妖精なの、やだなあ、もう」
法海和尚、慈悲深く微笑みながら、
「無理もない、魅入られておるのう
アレはな、白蛇が変化したものじゃ
ワシには看えるんじゃよ」
脳裏を過ぎる、端午節の出来事。
「もう家に帰るのは止しなされ
ワシを師として仏弟子になるのじゃ
ワシの法術があれば、あんなヘビはな
恐るるに足らん、よいかな、施主どの」
ぽかっ
坊主頭を張り倒す許仙、思わず首と手足を引っ込めそうになる法海和尚。
許仙、立ち上がって法海和尚に指突きつけて、
「ほう、クソ坊主、よく分かったな
そーだよ、ヘビなんだよ
もうすぐ、そのヘビの子も生まれる
だがな、おい、ヘビは女房じゃなくってな、」
許仙は自分を指しながら、凄みを効かせて、
「 俺なんだよ 」
そのまま立ち去ろうとする許仙だが、足が動かない。
法海和尚の妖術、許仙は法海和尚に監禁されてしまいました。
帰らない許仙、不安が募る白娘子。
許仙が出掛けて、もう4日目です。
今日の天気は荒れ模様、小青とふたりで長江の岸辺に向かいます。
長江は白波がたって大荒れ。
揺れる小船に乗り込む、白娘子と小青。
小青が船の艫(とも)に立ち、ひと息吐いて、川面に気を叩きつける。
漕ぎもしない小船が大荒れの長江を、白波を切り裂きながら猛スピードで突っ走っていきました。
金山の船着場、登っていくと、山門で小坊主さんが掃除をしていました。
「こんにちは、小さなお師父さん
お尋ねしますね、許仙って人が来てないかしら」
「うん、居るよ、奥さんが妖怪なんだってさ
だから、お師さまが出家するよう勧めたんだけどね
聞き入れないもんだから、今、お師さまに閉じ込められてるんだ」
聞いた小青、もの凄い形相で、
「ちょっとそのハゲ、呼んできな
ちっとばかり、話しがあるから」
大慌てで石段を駆け上がる小坊主さん、見あげる白娘子と小青。
そこには法海和尚が立っていた。
石段を降りながら、
「人を誑かす妖蛇めが、我が法術を破りおって
許仙は既に我が仏弟子となった
苦海無辺回頭是岸、仏の慈悲を以って退路は絶たぬ
正しき修行を積み直すのじゃ
ならば見過ごそう、もう人の世に現れてはならん
さもなくば、拙僧の無情を知ろうぞ」
白娘子、怒気を込めて、
「夫を返してください
あんたは和尚、ウチは薬屋
何の因果があるのです
変な無理強いは止してください」
法海和尚、いきなり青龍禅杖を振り下ろす。
突風、吹き飛ぶ立木の枝、白娘子と小青を襲う、膨大な圧力。
足許の石段が割れる。
腹の中の、子供、受けきれない。
金山の船着場まで退却して、金簪(かんざし)を抜く白娘子。
振りかざす、水紋波浪の令旗に変じる金簪。
小青が受け取り、令旗を振った。
金山の山じゅうから蟹が湧き出し、山門に逃げ込んだ。
荒れ狂う長江の波濤、膨れ上がる。
吹き荒れる風と共に、洪水が湧き起こった。
山肌を這い上がり、山門に立つ法海和尚に向け鉄砲水が雪崩れ込む。
袈裟、慌てて脱ぎ広げる法海和尚。
鉄砲水を受ける袈裟、長大な堤防に変じる。
波頭に立ち、令旗を振る小青。
第2波、さらに大きな洪水、大木を薙ぎ倒す。
堤防を越えようとする洪水、さらに高くなり延びる堤防。
第3波、さらに延びて堤防は洪水を防ぐ。
スーパー堤防に変じた袈裟、真言、法海和尚が唱える。
洪水が土石流となって、山肌を削りながら長江に雪崩落ちた。
御しきれない、撤収。
白娘子と小青は、波濤吹き荒れる長江へ身を投げた。
杭州西湖へ、仰せの通り、修行を再び積み直す。
そして、夫は必ず取り戻す。
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