いちばん高くて小さき者、老仙翁の啓示
白娘子フォークロア(3)千里姻縁
(白娘子)
西湖の蘇堤に降り立ってみると、春真っ盛りの清明節。
本来は陰暦の3月3日なのですが、現代では新暦の4月5日に定められました。
中華ではお墓参りをする時節、というよりも、墓参に事寄せて行楽に出向く日です。
西湖周辺はお寺も多いし、それはもう大変な人出。
人ごみ掻き分けながら白娘子、蘇堤をたどっていきました。
ヘビなのに、足が軽やか。
『いちばん高くて、小さき者』
何のことでしょう?
きっと、背が高くてスマートなイケメンに違いありません。
妄想膨らむ、白娘子。
蘇堤の映波橋あたりまで来て、見かけた小汚いオッサン。
オッサンは、小さな青ヘビを手に捕まえていました。
ドキッ、とする白娘子。
白娘子を見て頻りに尻尾を振る青ヘビ、その目に涙。
「ちょっとあんた、ヘビなんかどーすんのよ!」
「そりゃこのヘビの胆を抜いて売るの、銭になるから」
《なんてことを》
白娘子は銭を払って、オッサンから青ヘビを譲り受けました。
もちろんその銭は、妖術でオッサンの懐から抜き取ったものです。
なんてったって、1000年修巧の白ヘビです。
青ヘビを湖水に放してやると、立ち昇る紫煙。
現れたのは、青い衣装を纏った少女でした。
白娘子は、驚き喜び、青ヘビ娘の手をとって、
「あんた、名前は?」
「小青(シャオチン)って呼んでね」
「私は白娘子(はくじょうし)、ねえちょっと私に付き合って」
「もちろんいいわよ、お姐さん」
2匹に増えたヘビ娘は、一緒に、外湖と里湖を行ったり来たり。
杭州西湖は蘇堤と白堤に区切られて、5つの湖に区分されます。
南北が3km強、東西が3km弱、1周約15kmぐらいでしょうか。
グーグルマップで確認すると、この時2人は30~40kmは優に歩いたと思われます。
「姐さん、姐さん、いったい何を探してるのよ?」
白娘子はニコニコしながら、南極仙翁のナゾナゾを話して聞かせます。
『西湖のあたりで、いちばん高くて小さき者』
お昼時、2人は再び断橋のあたりまでやって来ました。
このあたりは、ことに人が多い。
人ごみにまぎれているのか、全然見つかりません。
断橋の大柳の下で、あたりを見回してみます。
馬戯(動物雑技のパフォーマンス)を始めるグループがありました。
それを取り囲んで見物する人々、すると、
「みつけたっ!」、と小青。
「ほら、そこよ」、と大柳の樹上を指しました。
そこには若者が独り、大柳の枝に腰を掛けています。
「高くなんかないわよ」、と見あげながら白娘子。
「高いわよ、ほら、人はみんなあの子の下を潜っていく」
「でも、小さくないわよ」
小青は、地面を指して、
「ほらあの子の影、人はみんな踏んでいく、小さいじゃない」
あ !
「そうね、そうよね、あの子だ」
興奮しながら白娘子、内心では、
高くも小さくもない只の若者を『いちばん高くて小さき者』?
《老仙翁、あのじじー、つまらんナゾナゾ出しやがって》
そう毒突くのでした。
下から若者を見つめる白娘子。
眉目秀麗 ─ 澄んだ瞳と、濃い眉
相貌厚道 ─ 結んだ唇に、鼻筋、大き目の耳たぶ
大柳の枝を掴む手、その指を視たその時、
ドキッ、何かが白娘子の胸を衝く。
声をかけようとして白娘子、気が付いた。
この若者の、名前を知らない。
呼びかけようとして、そのまま固る白娘子。
小青が袖の中で、秘そかに術を使います。
遠くに鳴り響く雷鳴、ほどなく空が曇り、雨が落ちてきました。
急に降り出した雨に、馬戯のグループも見物人もみんな散っていきました。
若者も大柳から降りて来て、湖岸に走り、小船を1艘呼び寄せながら、
「すみませーん、清波門までお願いしまーす」
若者が舟に乗り込むのを見た白娘子は、即座に、
「おじさーん、待ってくださーい
私たちも、一緒に、お願いしまーす」
舟に乗る、ずぶ濡れの女性がふたり。
若者が手を貸してくれました。
濡れた手が触れる、温かい、雫をたらしながら目を見る。
一瞬、アタマの中が真っ白になりました。
蕩(とろ)けて白ヘビに戻ってしまいそうな、白娘子。
さっきまであんなにアグレッシブだったのに、乗船したとたん無口になってしまいました。
代わりに小青が尋ねます。
「どうも有難う御座います
お名前を伺ってもよろしいですか?」
雨に濡れたふたりの女性と同船して、若者もドキドキしながら、
「許(シュー)といいます
断橋あたりでね、ガキんちょの頃ですが
父は、神仙に出会ったそうなんです
それで父は私に、許仙(シューシェン)と名付けました」
目を見合わせる白娘子と小青、クスリと笑います。
《やっぱり!》
「お住まいは、お近くですか?」
「父を亡くしてから、私ひとりですからね
清波門の姉夫婦の家で居候なんですよ」
小青、手を叩きながら、
「えー、そうなんですかあ
お姐さんもなんですよー
身寄りを亡くして、天涯孤独」
心拍数があがる許仙、小青がしみじみと言ってのけました。
「それじゃあ、まるで・・・
天生の、天に定められたみたいな出会いじゃないですかー、ふたりはー」
真っ赤になる許仙、ますます俯く白娘子。
許仙が何か言いかけると、艫(とも)で櫂を操っていた船頭さんが山歌を始めました。
ふと気付くと、雨があがっている。
次のお話し:白娘子フォークロア(4)端午節の危難
関連・参考:【メモ】月老祠・千里姻縁一線牽(白娘子)
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