雪の降り積もる杭州西湖、黄昏時に訪れた老人
断橋残雪
(杭州)
七不思議、そういうものは何処にでもあります。
杭州西湖の七不思議のひとつにあるのが、
『途絶えてないのに断橋』
橋の名称が『 断橋 』というだけ、別に、不思議でも何でもありません。
この断橋は唐代にはもう存在したようですが、当初は宝佑橋という小さな木の橋で、よく腐って落ちた。
西湖の孤山に行こうと思ったら、やはり断橋を渡りたい。
それがよく落ちるから、危なくて不便でしようがありません。
よく落ちた、だから「断橋」だろうかと思うのですが、それではロマンに欠けるようです。
断橋のたもとのあばら屋に、『 段 』という夫婦者が住んでおりました。
夫は西湖で魚を獲る川漁師で、妻は自家製のドブロクで商売をしていました。
ふたりとも大変に働き者で、そして善良。
なぜでしょうか?
善良な働き者は、たいてい報われない。
もっとも、この夫婦の貧乏には理由がありました。
自家製のお酒が全然おいしくなかったし、夫の漁の腕もわるかったのです。
それでもふたりは元気いっぱい、貧乏なんてドコ吹く風。
陽が落ちて、黄昏時。
黄昏(たそがれ)というのは、薄暗くて、そこに居るのが誰だかよく分かりません。
だから「誰ぞ彼」と呼びかけた。
故に、「たそがれ」というのですが、呼びかけに応じぬもの、それは物の怪(もののけ)と相場が決まっています。
(注:しまった、このネタは「君の名は」で・・)
その日の黄昏時に訪れたのは、ボロボロの服を着た白髪の老人でした。
─ 遠い旅をする者ですが
─ 銭の持ち合わせもありません
─ どうか一夜の宿を、恵んでくだされ
杭州城は歩けばすぐそこですし、このあたりはお寺さんも多い。
なのでこれは少々怪しいのですが、この夫婦者は、
「宿ってなんだい、こんなボロ屋じゃ野宿も同然
夜は、冷えるんだぞおー
でもね、オレにはね、コイツが居るから
抱っこして寝たら、寒くない」
「あんたはネコでも抱いていなっ!
んなこと言って、おじーさん
ホントは行くとこないんだろ
宿なら幾晩でも恵まれな」
さあ遠慮は無用、はいったはいった、死ぬまで居たら、
ご褒美にお墓を作ってあげますよ。
似たもの夫婦、働き者で、善良で、腕が悪くて、貧乏でパワフル。
口も少々わるいようです。
西湖で苦労して苦労して、やっと捕まえた鯉が一尾。
ドブロクといっしょに、
「はいっ、 お供え物~」
とか言って、老人に差し出す。
ほんとに焼いただけの塩味の鯉と、変な酸味のあるドブロクと。
それだけ、売れ残りだから、お酒が発酵しすぎて半分お酢になっています。
健康には良さそうですが、実においしくない。
なのに、妙に楽しい。
ここまでやられたら、いかに怪しげな老人も遠慮ができない。
ドブロクを大椀に3杯飲み干して、ゴロンと横になり、
老人は気持ち良さそうに寝入ってしまいました。
微笑みながら、見つめあう夫婦者。
翌朝、本気で心配して引きとめる夫婦者。
白髪の老人は、女房に3個の赤い丸薬を手渡して言いました。
なにもないが、この酒薬だけはある、よかったら使ってみなされ。
─ ご親切には感謝の言葉もない
─ でも、行かねばなりませんのじゃ
雪の降る中、老人は木の小橋を渡っていきました。
「あはは、大丈夫かよ、あのじーさん」
「でも、ちょっと楽しかったね」
酒薬を3個とも酒樽にポイッと放り込み、夫婦者はまた貧乏ヒマなし、忙しい日常を始めます。
ところが、酒樽からの芳醇な香り。
中を見てみると、澄んだ紅色の輝き。
半分お酢の変な酸味が、爽やかな酸味に変わっている。
そんなお酒ができてしまいました。
『断家猩紅酒』と銘打ち売り出したお酒は杭州城下でも評判を呼び、夫婦者のアバラ屋は酒楼となりました。
自分たちの善行が招いた結果ですが、この夫婦者にはそういう思考回路がなかった。
いつかあの白髪の老人に出会ったら、お礼をしようと売り上げから少しづつ積み立てていきます。
そして、3年後の冬のある日。
その日、西湖には大雪が降りました。
相変わらず忙しく立ち働く夫婦者。
自分たちはヘタクソだからと、お客の応対、片付け物、洗い物なんかをしてまいす。
料理なんかは他人に任せているから、ちょっと見、誰が主人なのかよくわからない。
雪を衝いてやってきた老人は、そんな様子を見てニッコリ笑います。
「 あ 」
「じーさんじゃあないか」
「ほんとだ、おじーさん、久しぶり
あれ、おじーさん、おデコが少し後退してるよ」
「あはは、じーさんでも成長すんのか?」
─ ああ、育ち盛りじゃからなあ
夫婦者のペースも相変わらず、白髪の老人も精いっぱいのボケをカマします。
夫婦者は老人を招きいれ、
じーさんのおかげだ、ありがとう。
あたし、おじいさんの夢 、見ちゃったよ。
そーそー、じーさんがずっとこの家に居てさ、
死んじゃったから、お墓作る夢。
あはははは・・・
そして、この家はあんたの家だ、あんたのおかげでこの家がある、だからずっと居ろ。
居ていいんだと、話します。
翌朝、引き止める夫婦者に老人は、
─ いや、今度は帰らねばならぬ
─ なに、実はこのすぐ近くなのじゃ
実は老人は、この夫婦者をずっと前から知っていた、と話します。
老人のために積み立てた300両。
それを見て白髪の老人は、弱点となるべき善良もここまで来れば強力、とつぶやき、夫婦者を叱り飛ばしました。
─ 老人ひとりに何用の大金か
─ もっと大事な使い道がありますぞ
─ そこにこそ、使いなされ
老人を見送る、夫婦者。
老人が、雪の積もる中、木の小橋を渡っていきます。
足元を滑らせて尻餅をつく老人、老人の姿がふいに消えました。
「 あっ! 」
「 落ちたっ 」
駆け出す夫婦者、木の小橋がまた落ちたのです。
岸辺から湖を覗き込むと、老人は、静かに湖面に立っていました。
微笑みながら夫婦者に手を振り、湖面を去っていく白髪の老人。
唖然と見送る段夫婦、あの老人は、ヒトではなかったのか。
─ もっと大事な使い道がありますぞ
─ そこにこそ、使いなされ
老人のために積み立てた300両、もっと大事な使い道。
段夫婦は、また落ちてしまった木橋のかわりに、石の独孔環洞橋を架けました。
この橋は、『段家橋(トゥアンチャーチャオ)』と名付けられたのですが、
後に転じて『断橋(トゥアンチャオ)』となりました。
断橋残雪、西湖十景のひとつですが、
降り積もった雪が融け始める、日なたは融けて日陰には雪が残る、故に、橋が半分なくなったように見える。
だから断橋なのだ、ともいいます。
なんか、今年(2018年)雪が降って断橋残雪になったとか、ビデオがありました。
西湖再現断橋残雪美景、宛如仙境!(Youtube)
許嵩って歌手の有名な歌です。
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