2017-06-25

犬だからわからない(狗不理包子@天津)

  犬呼ばわりの包子屋さん、開き直って企業名も犬  

  犬だからわからない  

  (狗不理包子@天津)  


狗不理包子

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 40歳にもなってからできた男の子。

 だから、狗子(コウツ) =“犬っころ”。

 そんな愛情たっぷりの名前をつけました。


 その昔、幼名というものがありました。

 医療が未発達な時代には、赤ん坊なんてコロコロ死にました。

 そこで、子供が生まれたらわざと粗雑な名前をつける。

 そうしたら、鬼神も妖魔もよけて通るから元気に育つだろう、というわけです。


 男の子に女の子の名をつけたりもしました。

 これは男尊女卑だと中華では批判されてますが、違うと思います。

 それはきっと、男性より女性のほうが強いからにきまってます。

 

 狗子(コウツ)は14歳になると、天津の包子屋さんに弟子入りしました。

 名の通り、犬のように素直で従順。

 師匠が1を教えたら、10を知り、知ったらそれを実践する。

 師匠にもずいぶん可愛がられ、腕前はメキメキ上達していきました。

 そうして修行すること3年、


 「包子作りの上手な、おもしろい小僧がいるぞ」


 と評判になり、包子屋さんはずいぶん繁盛したようです。

 その後、師匠が世を去り、狗子は独立することになりました。

 でも資本なんてありません。


天津の運河

 運河のほとりの埠頭のそばで、小さな包子屋を始めました。

 メニューは包子だけ、屋号なんてありません。

 客筋はといえば、人夫や水夫(かこ)や地元の人たち。

 みんな狗子のコトを知っています。


 狗子は今までどおり、新鮮な材料で真摯に包子を作る。

 真摯につくるから、腕前もまた上がってくる。

 評判が評判をよび、お客さまがどんどん増えて来ます。


 もう忙しくってしょうがない。

 普通、忙しくなると手抜きをして味が落ちるもんですが、狗子はちがった。

 手抜きをしない。

 真摯に仕事をするから、お客さまと話しをするヒマもありません。

 お客さまが話しかけても、返事もろくすっぽできませんでした。


 「真面目にやったらお客さまは来る。だからがんばろう」


 そんなことは考えてなかったでしょう。

 きっと、真面目にやるのが当たり前と思っていたのです。

 なのに、客層が客層です。

 人夫や水夫たち、口が悪い・・・じゃなくって、威勢がいい。


 「狗子売包子、不理人」(コウツマイパオツ,プーリーレン)  

 イヌが包子を売ってるぞ、ヒトの話がわからない


 えらい言われようを、されてしまいました。

 いつしか、店の呼び名が「狗不理(コウプリ)」。

 狗子の作る包子は、「狗不理包子(コウプリパオツ)」。

 そういうことになりました

 親愛の情はこもっているのでしょうが。


 “不理”の意味はここでは、“ do not attention to ”です。

 直訳で狗不理は、「狗は(人に)注意を払わない」

 意訳では、「イヌだから知らないよ」

 といったところでしょうか。


袁世凱さん(まん中)

 そんな評判を聞きつけたのが、袁世凱でした。

 軍のお仕事で天津に居たのですが、北京への帰りがけに買っていきました。

 西太后へのお土産にしたのです。


 西太后の感想:

 「山中走獣雲中雁,陸地牛羊海底鮮,  

  不及狗不理香矣,食之長寿也」   

 「山海の珍味も狗不理に及ばない。寿命が延びるわ~」

 狗不理の評判は名声へとステップアップ。

 ますます商売繁盛、とうとう天津市内に店を構えることになりました。

 屋号もちゃんと決めました。


  徳聚号(とくしゅうごう)  


 よい名です、徳が集まるのです、師匠筋にでも命名してもらったんでしょうか。


 でも、誰も新しい屋号でよんでくれなかった。

 あいも変わらず、狗不理とよばれた。


 とうとう店側も開き直っていつの頃か,

 屋号は”狗不理”となりました


 だいたい、狗子の本名すら、誰も知らなかった。

 狗子は狗子だと思っていた。

 誰も聞きもしなかった。


 高貴友(カオクイヨウ)


 その狗子の名が人々に知られ始めたのは、狗不理包子が3代目になってからだったということです。


 現代は、中国国内にその名は知れ渡り、国外にだって進出している大企業。


 狗不理包子飲食集団公司。


 そのニュアンスは、「犬だからわからない」



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  【メモ】犬だからわからない



 わりと、日本でも知られた話です。

 ただ“狗不理”の名前の由来には諸説ありました。


 曰く、例えば、

 「高貴友は凄い聞かん坊の頑固者だった

  だから幼少の頃から『狗不理』とよばれた

  手に余った親が包子屋に奉公にだした

  頑固者の性格を生かして良い包子を作った

  狗不理とは,犬みたいな頑固者という意味だ」


 ま、どっちがホントかどっちもウソかわかりませんが。


 そんな狗不理も評判を落とした時期があって、即ち国営企業でやってた時期。

 それが改革開放で民営に戻ったら評判も戻ってきた、というのも面白いエピソードだと思います。



天津の租界

 国際都市 ─ 天津。


 天津には租界がありました。

 イギリスとフランス、例によって不平等条約でムリムリ開港させられたのですが。


 そんなこんなで外国船がポコポコ来るわ、西洋人がうろつくわ。

 大日本帝国軍が敗退してからは、避難がてら外国に出稼ぎに出てた人が帰って来る、政府が帰ってくる。

 日清戦争でやられて以来の戦勝ですから意気盛ん、食文化の方はたいそうなことになったということです。


 今でも大陸行きの船便を考えるなら、上海行きと天津行き。

 香港方面を別にすれば、概ねその2つです。


 あの爆発跡はどうなったんでしょうね?

 最後に見かけた情報では、穴を埋めて公園にしようとしたけど、穴がなかなか埋まらないとか。

 くれぐれも爆発には気をつけて、おいしい包子を供給して頂きたいものです。




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