ある西安の職員さんの尊い犠牲
西大后・夏の氷
(酸梅湯@点心大后)
【前のお話し】烏梅皇帝(龍井茶@点心皇帝)
【メモ】烏梅(うばい)のお話し
太白山の山頂、今はちゃんと気象観測書があります |
西大后が来る!
西安の街に、激震が走った。
何しに来るんだよー、なんて思ってはいけません。
彼女は清国の国益を憂えればこそ、義和団の外国人排斥運動に乗っかっただけです。
図に乗って外国人排斥運動をやったら、諸外国が怒って北京に攻めてきただけです。
しかも八国連合だなんて、卑怯極まりない。
何だか世界中を敵に回してしまいましたが、全然彼女のせいじゃありません。
西大后は仕方無く、西安へ一時退避することになりました。
もう既に太監の李蓮英が先に西安に入って、西大后の受け入れ準備を始めているのでした。
ちなみにその間に、紫禁城は占拠されちゃいました。
西大后は美容のために、毎日、酸梅湯をお召し上がりになります。
西安の職員さんも、西大后に酸梅湯をお出しいたしました。
烏梅のジュース-氷鎮酸梅湯 |
「熱いですね」
「ははっ、暑うございます
西安は、今ちょうど、夏でございます」
「何を言っているのですか!
北京だって、今は夏ですよ
私は、熱いと言ったのです」
「ははっ、暑うございます
北半球は、今ちょうど、夏でございます」
ぴきっ、西大后の怒り。
いけない。
このおばはんは、いったい何を怒っているんだ。
それが分からなければ、もし分からなければ、
その時は、
─ 処 刑 ─
顔面蒼白になって、だらだら脂汗を垂れ流す職員さん。
その時、西大后の後ろに控えている太監の李蓮英が、職員さんに微かに目配せをしました。
(わたしに任せなさい)
ほっとする職員さん。
「老佛爺(ラオフォイエ)、わたくしが行って
すぐに新しく、お出しいたします」
そう言って、李蓮英は職員さんを部屋の外に連れ出し、厨房に向かいました。
西太后さんが来ました |
「西大后は大変に厳しいお方です
しかし厳しい外面とは裏腹に、
ほっこりとした栗のような内面をお持ちです
なればこそ私達や北京の者たちは、
老佛爺(ラオフォイエ)とお呼びするのです」
「老佛爺は、何を怒っておられるのでしょうか?」
「それは簡単、酸梅湯が熱いのです」
「熱いって、酸梅湯(サンメイタン)は、湯(タン)です
スープなんですから、熱いのがよろしいのでは?」
そう本来は、酸梅湯は具材がちょっと入ったスープを指します。
ジュースタイプは酸梅汁(サンメイチー)ですが、たいていひっくるめて酸梅湯(サンメイタン)と呼んでしまいます。
「いえ、老佛爺がお飲みになるのは、
氷鎮酸梅湯(ピンツェンサンメイタン)です」
「なんだ、冷たいのがよろしかったのですね」
氷で冷たく冷やした酸梅湯、西大后はこれが飲みたかったのでした。
「氷は、どこですか?」
「・・・・え・・・」
「・・・・え・・・
まさか・・・無いの?」
「有るわけないでしょ」
さささーーーーーー。
李蓮英の血の気が、いっせいに引いていく音が聞こえました。
これは、やばい。
もう、「すぐお出しします」なんて、言っちゃったのに。
もしも、氷鎮酸梅湯を出す事が出来なければ、
その時は、
その時は、
─ 処 刑 ─
「いけません、すぐに氷を探すのです」
「何処をどうやって、この夏の最中に!」
あのー、氷だったら、有ると思いますよ。
その時、ひとりの若い厨師がそう言い出しました。
「有るのですか、何処にですか」
そりゃー、崑崙山(こんろんさん)です。
「アホですか、崑崙山なんて
仙人にお願いして雲に乗って取ってきて貰うんですか
永鎮雷峰塔の白娘子(はくじょうし)じゃあるまいし」
ん、まてよ、山?
西安の近くには、太白山(たいはくさん)があったはず。
その頂上には氷河でできた湖があったはず。
確か、唐代の皇帝が使っていた、氷室(ひむろ)が有ったはずだ。
太白山 |
「そうです、太白山です
すぐに行って、
氷を取って来てください」
ひええええぇぇぇ、職員さんの悲痛な悲鳴。
「その間、私が、老佛爺の、
御髪(おぐし)を整えて、時間稼ぎをします」
太白山、標高3767m、黄河と長江の分水嶺。
(注:無駄に長い川なので、分水嶺は幾つも有り、そのひとつ)
山脚盛夏山嶺春,山麓艶秋山頂寒、とまで詠まれた永久凍土層の山。
西安の職員さんは、見事に氷を探し出して持ち帰って来た。
ギリギリ、セーフ。
職員さんは、それ以来、毎日のように太白山に登って氷をとってきました。
日を追うに連れ職員さんは、ヒゲぼうぼうの山男の風貌になっていったといいます。
そしてある日、山に登ったきり、遂に戻ることは無かったそうです。
その数年後から、チベットのチョモランマでは、ビッグフットが目撃されるようになりました。
そのような西安の職員さんの尊い犠牲のおかげで、西大后は美貌を保つことができました。
大変に見習いたくないものです。
残念なことに、その8年後に清朝は滅びてしまいます。
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