2017-07-16

皇帝の猫耳(猫耳朶@点心皇帝)

 雨降りの杭州西湖、お腹がすいた 

 皇帝の猫耳 

 (猫耳朶@点心皇帝) 



猫耳朶(マオアールトゥオ)

初夏の水郷、深緑の季節に誘われて乾隆皇帝は杭州の西湖にやって来ました。

世情を視察するためにです。

物見遊山をするヒマもなかなかないのですが、忙しい合間を縫って今日は船遊びです。


「うん、今日はまた一段と綺麗だ

 このまま蘇堤ぞいに行って、雷峰塔をみようか」


「へーい、喜んでー」


「雷峰塔といえば断橋だな、ちょっと行ってみるか、あとで三潭印月ね」


「うへ~い、よ、喜んで~」


船頭さん、たいへんそうです。

雷峰塔と断橋は、西湖のあっちとこっちで反対側、三潭印月は真ん中へんの雷峰塔より。

効率わるいこと、この上ありません。


「断橋といえば断橋残雪だが、初夏の断橋も素敵だ

 あのな、断橋にはな、ヘビがダンゴを食べる伝説があるのだ」


いちいち、うるさい。

そんなの杭州の者ならみんな知っています。

幼い頃に、お婆さんが寝物語にお話ししてくれるのです。

それは、仙人の湯圓(タンエン)を食べて少女に変化したヘビが、坊主に化けたカメと戦う話です。

ヘビがダンゴを食べる伝説じゃありません。


この後、川漁師が魚を獲るパフォーマンスの見物、じゃなくって視察。

そして獲った魚は、皇帝のお昼ご飯に供します。

一流の料理人がもう船宿に待機しています。

スケジュールが押しているのです。


西湖の魚類はそう多くもないのですが、富栄養化ぎみ。

丸太のように太った鯉や桂魚、川エビがうようよ。

漁師の爺さんが必死で魚を捕まえていると、来ました。


蘇公堤

ぽつり


ぽつりぽつり


「ありゃ、雨か?」


ざーーーーーっ


全員キャビンに駆け込みました。

雨足はどんどん強くなり、前も良く見えません。

これは、動けない。


西湖はそう、深くもありません。

でも底質が泥状でこれが深い、船がはまったら抜けられなくなります。

皇帝も雨には勝てない、お腹が空いてきました。


杭州西湖の遊覧船

「ねぇ、なんか食べるものない?」


さすがの乾隆皇帝もテンション落ちてます。


「ありますだよ、魚、焼きますか?

 あーいけね、醤油がないけん」


と川漁師の爺さん、そんなものいりません。


「いや、ほら、ワシって北方の出じゃない

 ラーメンなんか、た べ た い なぁ~ 」


「なんだラーメンかね、あるだよ、小麦粉

 でも麺棒がないから、やっぱ無理だべ」


落胆する乾隆皇帝。


「なら、あたいが作ったげる」

「ミャー」


「麺棒がないなら、手でやったらいいよ」

「ふにゃー」


飛び出てきたのは川漁師の孫娘、なんだか太った子猫を抱いていました。


「スグ作るから、待っててネ、おっさん」

「うにゃーーー」


小麦粉を捏ねて、細めの棒状にしました。

これをちぎっては、親指で捻って、三角にします。

湯がいてから、川エビのスープをかけました。


「できたゾ、おっさん、ほら食べて」

「うにゃーおー」


なんだかネコが作ったような気がしてきました。


美味しかった。

孫娘の方をみると、爺さんになんか怒られていました。

皇帝に向かって、変な口をきいたからでしょうか。

もちろん怒ってなんかいません。


自ら船団を率いることだってあります。

船の上では船長が絶対、船の上のヒミツの話は陸(おか)に上がったら忘れる。

そんな船乗りの掟なら、ちゃんと知っています。

乾隆皇帝は、少女に声をかけました。


三潭印月

「おいしかったよ、お嬢ちゃん

 おっさん、感激

 これは何ていう料理なのかな?」


孫娘、爺さんの方を見ました。

爺さん困り顔。

孫娘、今度はネコを見ました。


「 にゃぁ 」


ぴくっ、ぴくっ、と太猫の耳、少女は乾隆皇帝の方を向いて、


「あのネ、・・・ネコ耳ラーメンよ」


日本感覚では全然メンじゃないのですが、小さな三角がネコの耳みたいでした。

”は、元来は小麦粉料理を指します。

(参考: ウィクショナリー日本語版の麺

それで、『猫耳朶(マオアールトゥオ)』=「ネコの耳」。

貝殻みたいなシェルなんとかってパスタがありますが、あれを思い浮かべてください。

杭州の人々は、あれは『猫耳朶』がイタリアに行ったのだと言ってはばかりません。


それにしても『ネコ耳ラーメン』とは、思いつきの名前なのは一目瞭然。

だから、「面白い名前だね、ありがとう」、と玉(ぎょく)のペンダントをプレゼント。

皇帝のお墨付きを入れておくことにしました。


雷峰夕照

雨上がりの西湖はまた格別。

日が落ちかかっています。

夕日に映える雷峰塔。

船頭さんの歌声を聞きながら、帰途につきます。


蘇公堤の柳が雨に煙る西湖の湖面 ─

杭州の知味観

優しくて可憐な少女と太った小猫 ─

思いがけず船中で食べた、猫耳朶 ─


乾隆皇帝は、宮廷に帰ってからも忘れられませんでした。

少女と小ネコを宮廷に呼び寄せて、ネコ耳ラーメンを作ってもらうことにしました。


知味観の猫耳朶

数年後、少女は郷里の杭州に戻り、夫婦で猫耳朶(マオアールトゥオ)のお店を始め、杭州の郷土料理となっていきました。

現在その味を伝えるのは、杭州料理の知味観(ツーウェイクアン)であると伝えられていました。





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