雨降りの杭州西湖、お腹がすいた
皇帝の猫耳
(猫耳朶@点心皇帝)
前のお話し:【皇帝のため息(龍井茶)】
猫耳朶(マオアールトゥオ) |
初夏の水郷、深緑の季節に誘われて乾隆皇帝は杭州の西湖にやって来ました。
世情を視察するためにです。
物見遊山をするヒマもなかなかないのですが、忙しい合間を縫って今日は船遊びです。
「うん、今日はまた一段と綺麗だ
このまま蘇堤ぞいに行って、雷峰塔をみようか」
「へーい、喜んでー」
「雷峰塔といえば断橋だな、ちょっと行ってみるか、あとで三潭印月ね」
「うへ~い、よ、喜んで~」
船頭さん、たいへんそうです。
雷峰塔と断橋は、西湖のあっちとこっちで反対側、三潭印月は真ん中へんの雷峰塔より。
効率わるいこと、この上ありません。
「断橋といえば断橋残雪だが、初夏の断橋も素敵だ
あのな、断橋にはな、ヘビがダンゴを食べる伝説があるのだ」
いちいち、うるさい。
そんなの杭州の者ならみんな知っています。
幼い頃に、お婆さんが寝物語にお話ししてくれるのです。
それは、仙人の湯圓(タンエン)を食べて少女に変化したヘビが、坊主に化けたカメと戦う話です。
ヘビがダンゴを食べる伝説じゃありません。
この後、川漁師が魚を獲るパフォーマンスの見物、じゃなくって視察。
そして獲った魚は、皇帝のお昼ご飯に供します。
一流の料理人がもう船宿に待機しています。
スケジュールが押しているのです。
西湖の魚類はそう多くもないのですが、富栄養化ぎみ。
丸太のように太った鯉や桂魚、川エビがうようよ。
漁師の爺さんが必死で魚を捕まえていると、来ました。
蘇公堤 |
ぽつり
ぽつり、ぽつり
「ありゃ、雨か?」
ざーーーーーっ
全員キャビンに駆け込みました。
雨足はどんどん強くなり、前も良く見えません。
これは、動けない。
西湖はそう、深くもありません。
でも底質が泥状でこれが深い、船がはまったら抜けられなくなります。
皇帝も雨には勝てない、お腹が空いてきました。
杭州西湖の遊覧船 |
「ねぇ、なんか食べるものない?」
さすがの乾隆皇帝もテンション落ちてます。
「ありますだよ、魚、焼きますか?
あーいけね、醤油がないけん」
と川漁師の爺さん、そんなものいりません。
「いや、ほら、ワシって北方の出じゃない
ラーメンなんか、た べ た い なぁ~ 」
「なんだラーメンかね、あるだよ、小麦粉
でも麺棒がないから、やっぱ無理だべ」
落胆する乾隆皇帝。
「なら、あたいが作ったげる」
「ミャー」
「麺棒がないなら、手でやったらいいよ」
「ふにゃー」
飛び出てきたのは川漁師の孫娘、なんだか太った子猫を抱いていました。
「スグ作るから、待っててネ、おっさん」
「うにゃーーー」
小麦粉を捏ねて、細めの棒状にしました。
これをちぎっては、親指で捻って、三角にします。
湯がいてから、川エビのスープをかけました。
「できたゾ、おっさん、ほら食べて」
「うにゃーおー」
なんだかネコが作ったような気がしてきました。
美味しかった。
孫娘の方をみると、爺さんになんか怒られていました。
皇帝に向かって、変な口をきいたからでしょうか。
もちろん怒ってなんかいません。
自ら船団を率いることだってあります。
船の上では船長が絶対、船の上のヒミツの話は陸(おか)に上がったら忘れる。
そんな船乗りの掟なら、ちゃんと知っています。
乾隆皇帝は、少女に声をかけました。
三潭印月 |
「おいしかったよ、お嬢ちゃん
おっさん、感激
これは何ていう料理なのかな?」
孫娘、爺さんの方を見ました。
爺さん困り顔。
孫娘、今度はネコを見ました。
「 にゃぁ 」
ぴくっ、ぴくっ、と太猫の耳、少女は乾隆皇帝の方を向いて、
「あのネ、・・・ネコ耳ラーメンよ」
日本感覚では全然メンじゃないのですが、小さな三角がネコの耳みたいでした。
“麺”は、元来は小麦粉料理を指します。
(参考: ウィクショナリー日本語版の麺)
それで、『猫耳朶(マオアールトゥオ)』=「ネコの耳」。
貝殻みたいなシェルなんとかってパスタがありますが、あれを思い浮かべてください。
杭州の人々は、あれは『猫耳朶』がイタリアに行ったのだと言ってはばかりません。
それにしても『ネコ耳ラーメン』とは、思いつきの名前なのは一目瞭然。
だから、「面白い名前だね、ありがとう」、と玉(ぎょく)のペンダントをプレゼント。
皇帝のお墨付きを入れておくことにしました。
雷峰夕照 |
雨上がりの西湖はまた格別。
日が落ちかかっています。
夕日に映える雷峰塔。
船頭さんの歌声を聞きながら、帰途につきます。
乾隆皇帝は、宮廷に帰ってからも忘れられませんでした。
少女と小ネコを宮廷に呼び寄せて、ネコ耳ラーメンを作ってもらうことにしました。
知味観の猫耳朶 |
数年後、少女は郷里の杭州に戻り、夫婦で猫耳朶(マオアールトゥオ)のお店を始め、杭州の郷土料理となっていきました。
現在その味を伝えるのは、杭州料理の知味観(ツーウェイクアン)であると伝えられていました。
次のお話し:【皇帝の御筆】(点心皇帝)
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