湖北省の神農架、神農本草経はここで著わされた
神農記(3)五穀と薬草
(神農伝説)
【前のお話し】神農記(2)降生(ごうせい)
【次のお話し】神農記(4)老君煉鉄
神農架 |
狩猟生活、それは野菜も穀物も食べはします。
でもそんなものは雑草に混ざって生えていて、探すのが大変です。
鳥も獣も、獲れば獲るほど減ってくる。
人々はいつもお腹を空かせて、ましてや病気や怪我をしたら医療も薬も有りはしません。
生きるか死ぬかは、運まかせ。
姜(きょう)の烈山はいつも心配、いえ、近頃は焦りのようなものすら感じます。
鳥や獣が減ってしまったのは、人口増加による狩り過ぎが原因です。
ならば、どうすれば領民の飢えを満たせるのか。
人口が増えるにつれ、病気や怪我で死んでしまう者もまた増えてゆく。
領民が病気になったら、どうすれば癒すことができるのか?
雨の中で飢え、発病して死にかけたあの時は、どこからか流れてきた草の根で生き延びた。
鳥が落としていったあの穂、考え事をしながら空を見ていたら頭上に鳥が飛んできた。
そして目の前で、何かの穂を落としていった。
その時は何となく、穂を埋めた。
数日後芽が出て、ふくらんで、花が咲いて実がなった。
神農採草 |
あるいは─
人が自分の手で食料を作る?
病気を治しうるものを、山野から探し出す?
可能だろうか?
そんな事が、本当に。
三日三晩考え続けた四日目、姜烈山は決心しました。
西北の彼方にあるという、深い山。
山の彼方のあな遠くに幸いが待っているなんて考えません、苦難が待つのは承知です。
姜烈山は自らを神農と号し、配下の者どもを従え出立しました。
神農一行は、どんどんと歩き止まりません。
足がぱんぱんに腫れてきます、足の裏が水脹れでいっぱいになってきます。
でも止まりません。
そして七七49日、歩き通した末にとうとう辿り着いた山。
もう山ばかり、山の向こうは谷で、その向こうはまた山。
山の上は奇花異草でいっぱいの様子、ここまで香気が届いてきます。
神農一行は、深い山へと分け入っていきました。
狼や、虎や、雪豹、
毒蛇やわけのわからない毒虫、この人を害するもの達に一行は囲まれました。
「ムチで打ち据えろ」、と言ったところで、いっぱ居ます。
打っても打っても、キリがない。
7日7晩打ち続けて、獣たちはようやく退散しました。
その傷跡がのちに、虎や豹や毒蛇の、斑模様になりました。
なかなかの、ディンジャラスゾーン。
「危ないですね、もうここらで帰りましょうよ」
神農山 |
と配下の者たちは進言するのですが、神農は頭を振りながら、
「なんで帰れるの?
獲物がどんどん減ってきている
だから食べるものが無くなってきている
病気になっても薬もないのに、なんで帰れるの?」
言いながら、自ら先頭に立って峡谷に分け入っていきます。
そして立ちはだかる大きな山、見上げると山の上半分が彩雲に突っ込んでます。
周囲は全部切り立った崖で、轟々と落ちる瀑布に、異常にはびこった青苔に、
足元がツルツルと滑り、これは登れない。
「これは、しようがないですよ
もう引き返しましょう」
「帰れんよ、領民が飢えている
食べるものがない、病気になっても治せない
それなのに、なんで帰れるよ」
必ず方法はあるはずだ、神農は切り立った崖を見上げて考える。
薬草を探すのに、高い山は効率が好いかもしれません。
麓は夏でも、中腹は春で、山上は秋の気候、つまり四季折々に咲く野草が一箇所にかたまっているわけです。
この時、神農が登ろうとした山は『四季山』といいました。
神農は小高い石山の上から観察をはじめました。
高い高い山の上を仰ぎ見る、深い谷底をのぞき込む、左に目を凝らし右に目を細め、
そうして見えました、谷底に動く何かがこちらにやって来ています。
それはサル、数匹の金絲猴(きんしこう)、のちに孫悟空のモデルとなったあの猿でした。
金絲猴は、藤の蔓(つる)や朽木を伝ってあがって来ています。
これか、閃いた神農。
「みんな来てごらん、あれでいこう」
「えっ?、人間には無理ですよ、登れません」
「そうか?、じゃあ作ろうよ、人間にも登れるヤツを、木を伐っておいで」
神農が立っていたこの小山は、のちに『望農亭』と呼ばれます。
木を伐り倒して枝を払い、藤蔓をかき集め、作ったのは長い梯子でした。
神農はとんでもないことを始めました。
毎日1層づつ、梯子を作り少し登っては、また梯子を作り。
そうしているうちに夏が来ましたが、暑くても休みません。
秋が過ぎ、雪が降り始めましたが、止まりません。
毎日毎日1層づつ、とうとう1年がかりとなりました。
梯子が360本、それでようやく山頂に届きました。
山頂は、草花の世界でした。
紅、緑、白、黄、どの草花もみっちりと群落を形成しています。
大喜びの神農は、さっそく草花を摘んでは口に放り込み、調べはじめました。
配下どもは神農が野獣に襲われないように警戒をする、なんてことは、いつまでもしてられません。
杉を植えて防壁とし、中に庵を結んで暮らすことになりました。
のちにこの杉林は『木城』と呼ばれます。
昼間は山上で草花を調べ、夜間は火を焚いて調査結果を取りまとめる。
苦い草の根、熱い木の実、冷たい野草の葉。
食用になるもの、薬用になるもの、そして毒のあるもの。
さらには、それらの生育条件。
詳細に調べては、記録していきました。
この日も夜明けとともに、配下たちと山へでかけました。
いつものように草を咬んでみる神農。
突然にぶっ倒れる神農、駆け寄る配下、これはいけない!
毒にあたった神農は、もう口もきけなくなっている。
見ると神農は、必死にそこにある赤い草の実を指差していた。
配下が草の実に手をやると、今度は自分の口を指差す。
そのまま神農は気絶した、速くしなければ!
配下は草の実を噛み砕き、神農に呑ませます。
どうやら間に合いました、徐々に目をあける神農、なんとか話しもできそうです。
こんなことが度々では、配下たちにしてみれば、それだけで寿命が縮みそうです。
配下全員で、神農に進言しました。
「危ないですよ、こんなことが何回も、
いづれ命を落とします
もう戻りましょう、お願いします」
しかし神農は頭を振りながら、
「なにすんだよ、川の向こうに綺麗なお花畑があったんだよ
せっかく調べて、薬草を探そうと思ったのに」
「あ、渡っちゃ駄目ですよ、それ三途の川ですから
いつか本当に死にます、もう帰りましょう」
「だから帰れないって、領民が飢えている
病気になったら治さなきゃ、なんで帰れるんだね」
神農はそう言って、また草を咬みはじめます。
そうやって、一山調べ終えたら、また次の山。
とうとうそこら中の山を調べ尽くしてしまいました。
そうやって見つけ出した食糧となる穀物。
稲(麻)、黍(きび)、稗(ひえ)、麦(むぎ)、菽(しゅく)、その他もろもろ。
五穀、ですがここでの“5”は、“いろいろ有る”という程度の意味で5種類である必要はありません。
あえて5種類をあげれば上記のとおりですが、黄河以北の北方では稲が育ちませんでしたから、北方では稲の代わりに麻が入ります。
菽(しゅく)は、豆類のことです。
神農は、採取した種子を大事に包み、
これを栽培するよう申しつけ、配下の一部に故郷へ持ち帰らせました。
神農本草経 |
神農と残りの配下は、まだ帰りません。
からだを張って調べ上げた薬草が、全部で365種類。
調べたのは植物だけではありません。
植物薬:252種
動物薬: 67種
鉱物薬: 46種
全ての調査結果を、『神農本草』全3巻に書き上げました。
そしてこれで人々の病気を癒すように申しつけ、また配下の一部に持ち帰らせます。
残ったごく数名の、神農を補佐する配下と神農。
「さあ私たちもゆっくり帰ろうか」
庵に戻り、旅支度を整えます。
飢えを満たすための五穀を見つけ出しました。
病を癒す薬草も探し出しました。
外に出て、『木城』を見渡してみます。
見あげてみると空には鶴の群れ、鶴の編隊がこんなに高い山を越えて渡っていきます。
神農の一行が木城を出立しようとして、見ると、
いつのまにか、絶壁に架けたはずの梯子が無くなっていました。
長い年月に、梯子の木々は芽吹いて根付き、茫々たる樹海になっていたのです。
この茫々たる樹海は、後に『神農架』と名づけられます。
途方に暮れる神農一行、空には鶴の群れ。
ぼんやりと見上げていると、なんとその鶴の群れが、こちらに降りてきました。
白鶴の群れが飛来して来る、鶴には人が乗っている、領民たちが集まってきます。
神農壇の祭祀、って何のコスプレ? |
とうとう、神農が帰ってきた。
驚き狂喜する領民たち、領民たちを見回す神農。
領民たちはみな、ひどく痩せ細っていました。
しかし、大過なかったようです。
さっそく大鍋をだして、薬草や穀物を煮込み、みんなで食べることにしました。
【メモ】
炎帝陵 |
神農が薬草採取をする話しも幾つか類型があり、これはそのうちのひとつです。
ただどうも伝説というよりも、元は何かの小説の一部のような気がします。
伝説では結末は、ツルに乗った神農はそのまま天に帰ってしまいます。
「神農1日に百草を舐(な)め70の毒に中(あた)る」とかいいます。
たしかに神農嘗百草の嘗は、“な(める)”とよみますが、“こころみる”ともよみます。
神農嘗百草は「神農1日に百草を試み、─」のニュアンスの方が近いと思います。
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