斬龍剣を持つのは、神農架の木城に棲む炎帝神農
神農記(7)炎帝斬龍剣
(神農伝説)
【前のお話し】神農記(6)木の魚
神農架大九湖 |
高い山に囲まれ、奇跡のように澄んだ湖。
かつて天女が水浴びに降りてきた、そんな伝説を持っている。
神農が薬草を洗った湖、少なくともそれは本当なのだろう。
大九湖、神農の9つの薬鍋がこの湖になったのだと伝えられている。
それが今は ─
天を衝く瘴気、泥水が湧き立ち寿命が縮みそうな腥(なまぐさ)い突風が襲ってくる。
枯死した大木が骨のように、白く林立していた。
枯木というものは、虫たちが棲み風で分解して土に還るものだ。
それが堅く枯れたまま、ただ立ち続けている。
木の陰から盗み見る若い狩人の目の前で、また龍が火を噴いた。
火を噴いた龍に他の龍たちが襲いかかり、突如、湖水が高く吹き上がり、
吹き上がった水は落ちてこない。
高すぎてそのまま霧になってしまったものか、代わりに濃密な瘴気が降ってきた。
鉤爪で頭を押さえ込み頚もとに噛みつく、数頭の龍が縺れあい大石混じりの泥砂が吹き飛んできた。
そうやって相争う龍は、全部で9条いるようだ。
龍がただ争っているだけではない。
奴らは雲を呼ぶ。
天は黒雲に覆われ、地は瘴気に濡れ、時に水が落ちてくる。
あれは雨などではない、洪水が天から堕ちてくるのだ。
作物など育ちようもなく、わずかに育ってもすぐに流されてしまう。
里人の生活は逼迫していた。
頭から布団を引っ被ってくるまった。
あれは無理だ、矢を射掛けてみたことはある。
争い続ける龍どもに向け、一気に9連射、1発も外しはしない。
ウロコひとつ落とせなかった。
1条の龍がこちらに軽く火をひと吹き、あわてて逃げながら跳び伏せたのだが、ジュッと後頭部で髪が焼けた。
振り向いてみると龍どもは何事もなかったように争い続けていた。
あれは無理だ、泣きながら眠った。
どこか懐かしい感じのする老人、いや死んだ父親だろうか。
夢の中で、
「悪龍、斬るべし」
そう言っていた。
斬るのか、どうやって?
『斬る』その言葉で思い出した、幼い頃、父親に聞かされた昔話。
神農渓(神農架の入口) |
その昔、龍を倒した英雄というものはあった
龍を倒すには『斬龍剣』が不可欠だ
斬龍剣の持主は ─ 神農架の木城に棲む炎帝神農
夜明け前から神農架に入った。
とんでもない絶壁と渓谷、誰でも入れるような所ではない。
代々この地の猟師である自分であればこそ入れるのだ。
木城があるという神農頂へ至る道はある。
ヒトが辿るべき道ではない、ケモノ道、絶えず頭上と背後に気を配りながら辿っていく。
いきなり前から獣に行き会うことなどはない、獣の方でヒトの気配を察して避けるからだ。
襲ってくるなら頭上か背後、狼などは露骨に後をつけてくる。
神農架には白い動物が多い、白鹿、白猿、白熊、白蛇。
アルビノなのか土地の固有種なのかは知らない。
白熊などはパンダに似ていてヒトと戯れるのが好きだから、固有種なのかもしれない。
白い獣は、掟により狩ってはならなかった。
神農架 |
神農頂、木城なんか無かった。
斬龍剣?
ただの童話か、とんだ無駄足、バカな真似をした。
気持ちが疲れきると、体も動かなくなった。
冷杉の根元で、倒れ伏してしまった。
白髪の老人、
「あのクソ龍どもな、大蛇(おろち)だよ、あれは
山で気を練りおって、
九湖を己が仙池にしようとな、ああして争っておる」
手にした宝剣を差し出しながら、
「悪龍、斬るべし」
またバカな夢を見た。
だが手には剣を握っていた。
剣を振りかざしてみると、周囲の気温が2~3℃下がった。
寒い鉄。
斬龍剣、寒鉄でできた剣だった。
疲れきって動けない自分が中にいる。
別の何かが湧き上がり、体を衝き動かした。
神農架を一気に駆け下りる。
大九湖、湖面に降り立ち、龍どもと対峙した。
8条までは、斬り倒した。
最後の1条、例の火を吹くやつだ。
近づけない、剣で防ごうとするのだが、もう体中が火脹れでいっぱいだ。
髪は全部、焼けてしまった。
熱いというより痛い、そしてやたらと寒い、目だけはなんとか庇っている。
だがもう、幾らも持ちそうにない。
剣を投げる、それしかないのか。
その時、神農架の頂上で彩雲が湧き立った。
虹色の彩雲が降りてくる。
何体ものヒトが降ってきた。
いや、ヒトではない、手が3対に頭も3個コある。
頭上に彩雲、白髪の老人が厳しい顔つきで立っていた。
老人が袖をひと振り。
3面6臂の怪人どもが龍に踊りかかり、悪龍の動きが封じられた。
剣を投げた。
悪龍は細切れになって、湖岸に吹き飛んでいった。
地盤が隆起して、細切れの龍が幾つもの峰に変じていく。
斬龍剣、悪龍を遮るように、峰となって突き立っている。
あの怪人どもも湖を守護するように、大石に変じていた。
もう動けない、疲れきって動けない自分が還ってきた。
痛みも寒さも感じない、浮力を失い体が湖に沈んでいった。
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