2017-09-12

奔月(2)嫦娥奔月(中秋伝説)

 中秋の月、月へと奔る月中仙女 

 奔月(2)嫦娥奔月 

 (中秋伝説) 




危うく人類全員が焼け死んでしまうところでした。

おかげで民百姓は平穏無事、后羿は大変な英雄となりました。


英雄だからいろんな人が訪れてきて、弟子入りをしたりいたします。

阿仁のマタギにも匹敵する、地上最強の猟師軍団ができあがりました。

その中でも特に筋が好い弟子が、逢蒙(ほうもう)でした。


后羿はそれから妻を娶りましたが、そんな英雄も女房には弱い。

猟に出るとき以外はふたりはいつもべったり、人もうらやむオシドリ夫婦となりました。

后羿の妻は、名を嫦娥(チャンウー)といいました。


美女と英雄のカップルなんて怪しからん、という他ないのですが、后羿にしてみれば「平和と幸福、永遠なれ」です。

ある日、崑崙山の友人を訪ねた帰り道に、后羿はとんでもないものに出会いました。

それは、王母娘娘(西王母)です。


そんなものに山で出くわしたら、普通は死んだフリでもするところですが、そこは英雄です。

片膝をついて西王母を拝し、ものは試しとお願いしてみました。


「これは、王母さま」


「おや、あなたは后羿ですね

 太陽事件のときは大変でしたね

 おかげでわたしの蟠桃園も無事でしたよ」


もちろん西王母なら簡単に太陽たちを調伏したでしょう。

あの時もしも西王母を怒らせていたら、太陽は1つ残らず殲滅して下界には死の静寂が訪れたはずです。

本来の西王母は、死と極刑を司るおそろしい女神です。


「とんでもございません、私の不手際で崑崙山が火炎に包まれてしまいました」


「大丈夫ですよ、蟠桃園なら神龍どもが護っていました

 后羿、お前には何か、褒美をとらせましょう」


あの崑崙山の猛火を消し止めた神龍の豪雨は、西王母の意によるものだったようです。

あの後、しばらく太陽が隠れていたものですから、その間は逆にずいぶんと冷え込んだものでした。

太陽から地上に与えられる熱エネルギーは、天帝の手で実に絶妙に塩梅が為されていたのです。

そして、太陽が隠れているのを好いことに、妖魔が人間界に出てきて、今も頻りに悪さをはたらいていました。

后羿と嫦娥@TVドラマ

「恐れ入ります、王母さま

 どのような病や怪我も癒すことのできる仙丹を賜れますでしょうか」


「もちろん、構いませんよ」


西王母は后羿に薬瓶を手渡して言いました。


「この仙丹を1人で全部呑めば仙となって不死を得ます

 半分だけ呑めば、どのような病や怪我でも癒すことが出来るでしょう」


言ってみるもんです。

しかしこの仙薬、不死の薬といっても、仙人になる仙丹でした。

しかも1つしかありません。

自分だけ飲んで、ひとりで不死になってもつまらないと、仙丹は妻に預けておきました。

嫦娥はこれを、自分の鏡台の宝箱にしまっておきました。

もしも后羿や仲間の猟師たちが猟に出て怪我でもしたら、その時は、半分だけ呑めば命を取り留めることができるでしょう。


それを見ていたのが逢蒙でした。

邪心を起こしてしまいます。


3日後、逢蒙は仮病をつかって猟をお休みいたします。

そして、后羿たちが出かけるや、短剣を手に嫦娥の部屋に飛び込んだ。


「あねさん、出してください、不死の仙丹」


こいつは何を言っているんだ、だが、逢蒙が手にした短剣の切っ先に身が竦む嫦娥。

刺される、もしも仙丹をこんな奴に奪われたら、

不死の躰となった逢蒙が、人々に災いを為す様子が、嫦娥の脳裡を過ぎる。


「 渡せるかっ 」 


嫦娥は身を翻して鏡台に手を伸ばし、宝箱の仙丹を捨てようとした。

逢蒙がとびかかり、嫦娥を羽交い絞めにして、宝箱を奪おうとする。


 ─ まにあわない ─ 


眼の前で揺れる白刃、宝箱が滑り落ち床で砕け、嫦娥の手に仙丹、

嫦娥を突き飛ばして、仙丹に手を伸ばす逢蒙、


 ─ 奪われる ─ 


揉みあいながら、嫦娥は、仙丹を一気に呑みくだした。


浮遊感、─ と思うと、ほんとうに体が浮いていた。

嫦娥が驚いて逢蒙の方を見てみると、逢蒙は丸い目をして腰を抜かしていた。

浮き上がってゆく身体、繋ぎ留めようと嫦娥が逢蒙に手を伸ばすと、逢蒙は怯えて窓から逃げ出していった。



嫦娥の躰も風にのって、窓から流れ出していきました。

窓の向こうに、騒ぎを聴いて駆けつけた侍女たちの呼び声が聞こえ、

侍女たちの立ち竦むようすが、チラリと見えました。


身体が現(うつつ)のくびきを離れ、風とともに流れていく。

これが、仙となってしまうということなのか、

もう、人間界に戻ることは、永遠に叶わない。

このまま、


 すぐに、仙人となってしまう ─ 

 よもや人々に累は及ぼせまい ─ 

 だが夫の后羿とは離れがたい ─ 

 せめて、人間界に近い天界は ─ 


風に流されながら、 嫦娥は、 天を見上げました。

そこには、


      


  月 で 独 り 


嫦娥は、 月で独り、 月中仙女となりました。



猟から戻った后羿は、侍女たちから話しを聞き、剣を手に駆け出しました。

しかし、逢蒙の姿など、もうどこにも有りません。

くず折れる后羿、ふと見あげると、今夜の月は滅法まるい。


満月、その中に、嫦娥の影が見えました。


月を追い、駆け出す后羿、なぜか月は逃げていきます。

なのに退くと、こんどは、月は追ってきました。

そうしてふと気付くと、そこは茫々たるススキの、妻の嫦娥が好きだった草花の生え茂る草原でした。


事件を聞いた人々も、后羿のあとを追って、草原にやってきました。

后羿はそこで、香を焚き、妻が好んだ点心や果物をそこら中に広げて、月宮の嫦娥を遥拝していました。

人々も、優しく明るかった嫦娥を想い、香を焚き月を拝しはじめました。


こうして、中秋節に月を拝する風習が始まりました。



真夜中の崑崙山の山頂、例の太陽事件で焼け焦げてはいますが、樹木はまた新たに芽吹いていました。

突っ立ったまま待ち続けた后羿の真正面に、十六夜の月が昇り、

月に棲む月中仙女、嫦娥の姿が見えました。

言葉など交わしませんでしたが、嫦娥の想いが后羿に流れ込んできます。


あなたは箭神、わたしは月中仙女です。

わたしは仙ですからね、わたしのことは、何も心配いらないんですよ。

西王母の仙丹はもうありません、お体に気をつけてください。

わたしはいつも、あなたを看ています。

あなたもわたしを、観ていてください。

どうか、  


 あなたの命運を全うしてください  


例の太陽事件のあと、しばらく太陽が隠れていたものですから、妖魔が人間界を跋扈していました。

崑崙山を降りるとその足で、后羿は妖物退治の旅に出たということです。




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