2017-09-09

【メモ】后羿と重陽の節句

 重陽節の由来と中秋節の由来のコラボ 

 【メモ】后羿と重陽の節句 

 (重陽節) 




このお話しは『后羿射日(ホウイーシェリー)』という神話です。地方によっては『羿射九日(イーシェチュウリー)』ともなっていました。

『嫦娥奔月(チャンウーペンユェ)』の伝説とセットで語られますが、

后羿射日』は重陽節(9月9日)の神話、『嫦娥奔月』は中秋節(8月15日)の民話で、神話伝説としては別物です。


舞台は崑崙山だったり、或いは泰山だったりしますが、きっとその土地に近い山になるのでしょうね。

上海の西方で杭州の北方の、太湖の畔に湖州市はあります。

江南のこの湖州市では、后羿は河の畔から太陽を射落としています。


后羿が矢を射た地点である『箭敦()や、矢が落ちた場所である『箭潭』の伝承があり、

浙江省湖州市南潯(ナンシュン)区の、その名も『射中村』では、后羿と嫦娥が土地神として祀られていて、重陽の節句には后羿の祭祀もあるようです。

羿神廟もあったそうですが、残念ながら日中戦争のおりに破損して、今は跡地だけということでした。

湖州市では『后羿射日』も『嫦娥奔月』も、舞台は『射中村』となっています。



子供の頃は、なんか「重陽の節句」ってあったような気がするんですが、近頃はすっかり影が薄くなりました。

中華でも重陽節の影は薄く、「菊の節句」とされている分だけ日本の方がマシかもしれません。


曰く、

陽の月(奇数月)陽の日(奇数日)が重なるから“重陽(ちょうよう)”で、なかでも“9”は最強だから9月9日は「重陽の節句」

って、なんか全然、重要じゃなくなってるし。


1月1日の春節

3月3日の清明節(上已節)

現在は「新暦の4月5日が清明節」と人民の休日に定められましたが、本来の清明節は陰暦の3月3日です。

なので陰暦の清明節を“真清明”といったりします。 

5月5日のチマキ節・・じゃなくて端午節

7月7日の七夕節

9月9日の重陽節

11月11日の・・ん?・・・無い・・・


とまあ、ぜんぶ奇数月と奇数日の重なりだし。

なんか納得できないな、他のはぜんぶ神話伝説付きなのに重陽節だけ無いのかよ、

なんて思っていたら、なんと『后羿射日』が重陽節と関っていました。


射中村の伝承は、以下のようなものです。


曰く、

后羿(ホウイー)は、一気に太陽を射落としたわけではない。

安全面を考慮して、1日に1個づつ太陽を落としていった。

8つの太陽を落として、残りが2つ。

最後の太陽を落としたのが、恰も9月の9日だった。

太陽が2つ有ったので、9月9日は『重陽』」と定められた。


もっとも「陽が2つ」という意味では、言ってることは同じなんですが。



后羿(ホウイー)は、いろんな妖物と戦う、もともとはピンで活躍する弓の名手で、

最期は弟子の逢蒙(ほうもう)に、後ろから射殺(いころ)されてしまいます。


后羿の読みは北京語で「ホウ・イー」、和文では「こう・げい」

羿(イー)』は『翼(イー)』の異体字です。

羿(イー)もなかなか萌えポイントのあるキャラクターで、伝説上は2つの時代にまたがって登場し、英雄面と暗黒面を併せ持ちます。

もちろんそれは同姓同名の別人で、嫦娥の旦那さんは后羿射日の英雄とは別の人物、なんてロマンの欠片もないお説もありました。



個人的な趣向ですが、このお話しで重要なのは、太陽を落とす事ではなく、その後「しばらく太陽が隠れた」点だと思います。

ほら、日本にも太陽が隠れる伝説がありますよね、「天岩戸伝説」

実際、太陽たちの母親の羲和(ぎわ)が天照大神の正体、なんて失礼な説もあるようですし。

 

もしかしてもしかして、『后羿射日』と『天岩戸伝説』はだいたい同時期じゃないですか?

もしかして、洪水伝説みたいに、世界中に「太陽が隠れる伝説」が有ったら面白いな、なんて妄想するのです。




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