2017-09-16

【メモ】中秋節と嫦娥と恒娥

  嫦娥は、恋の女神の代用品  

  【メモ】中秋節と嫦娥と恒娥  

  (中秋伝説) 



拝月の儀式

 中秋節には『丸いもの』

 スイカ、梨、リンゴ、ブドウ等々の丸い果物を供えて月を拝し、一家団円を祈念して丸い月餅を食べます。

 丸くない果物って、バナナぐらいしか思いつきませんけど。


 月餅は近しい人に贈るもの、他人から贈られて食べるもの、バブリーなメンツの国だから、近年は極端な過剰包装が社会問題化しています。

 店長も「月餅、自分で、作る~」とか言って、月餅の型を上海から取り寄せてたんですが、

 結局、自分では作らずに、上海から送ってきたのを食べています。


 店長の場合はいつも、中秋節になると、里芋とエダマメを蒸(ふ)かして、梨をむいています。

 それが上海の風習だと言うんですが、本当に上海の風習なのか、安徽省なのか、店長の一族だけなのかは、あやしい処です。



 しかしまあ、能天気に太陽の代表と月の代表のカップルってわけじゃなく、

 太陽を射落とす英雄と月中仙女のカップルですか。

 なんか陰の側の暗黒夫婦、何か昏い面のあるお話しです。

 

 嫦娥の読みは北京語で「チャン・ウー」、和文では「こう・が」ですが、

 現在はもう通用してしまっているので「じょうが」でも好いのでしょう。


 この前、久しぶりに図書館で夢枕獏の『陰陽師』を借りてきたら、嫦娥のお話しがあって「じょうが」になっていました。

 「こうが」「じょうが」じゃ「じょうが」の方が音感が好いから、夢枕獏は故意に「じょうが」にしたんじゃないかと。

 ああこれで、日本では「じょうが」で決まってしまったのだよ。


 嫦娥は、もともとの古い資料では『恒娥(こうが)という名でした。

 恒娥の頃は悪妻で、后羿の留守を狙って勝手に一人で仙丹を「不死の薬」と信じて呑んでしまいます。

 すると思いがけず成仙して、後悔しながら独り寂しく月で暮らすことになってしまう。

 酷い類型では、恒娥は月でガマガエルになってしまいます。

 なので古くは、月にはウサギとカエルが棲んでいました。

 もともとはそんなストーリーで、日本で伝えられるお話しもそうですが、現代では晴れて「悲劇の美女」となりました。


 『恒娥(こうが)』が『嫦娥(こうが)』になったのは、後世、皇帝の名と被ってしまったのを憚ったからだそうです。

 まあ昔の若い頃はやんちゃでしたから、それは憚りもしたのでしょう。

 『 嫦(チャン) 』の字はこの時に、嫦娥のためだけに造字された、というお話しもありました。

 なのでやはり読みは「こうが」、が正しいという事にはなるのでしょう。


 『 (ウー) 』は「女性の優しさ美しさ」を意味する漢字です。

 『嫦娥(こうが)』で意味は、「永遠に美しい女性」ということになるでしょうか。


 つい先日、改めて「嫦娥」を検索していて知ったのですが、

 たつの市の御津(みつ)の室津(むろつ)に、『嫦娥山』って山があるんですね、近くですよ。

 「嫦娥山に登った」とかいうブログが有って、吃驚しちゃいました。

 いったいどういう謂れで、『嫦娥山』になったんだろ?

 弁慶が彼女とふたりで月見をしたから、とかだったら面白いのに。

 ああ、弁慶が夜な夜な書写山(しょしゃざん)を抜け出して室津の遊女のもとに通ったのは、姫路じゃ有名なお話しです。

 室津(むろつ)は、博多津や神戸の福原に匹敵するクラスの、古い湊(みなと)なんですよ。



 中秋節は、端午のチマキと同じく、モンゴルからマレーシアに至るまでの幅広い地域の風習です。

 なので、言い伝えも地方によりさまざま。


  曰く、モンゴルでは月を追って朝まで馬で駆ける 

  曰く、女性が先に月を拝して男は後から、或いは男は拝さない 

  曰く、夜中にこっそり焼香すると恋人ができる 

  曰く、夜中にこっそり月光を浴びると懐妊する 


 子のない夫婦に、子を贈る方法というのが有りました。


 (1) 贈る側のヒトは既に子持ちでなければならない 

 (2) 盗んだ冬瓜にコドモの絵を描いて、穴をあけて水をみたす 

 (3) 当人が月見をしているうちに、こっそり布団に仕込む 

 (4) 当人が寝ている間に、布団が水浸しになる 

 (5) 翌朝、冬瓜を盗まれた家の者は大騒ぎをする(騒ぐほど子供は元気)

 (6) 翌年、首尾よく赤ん坊が生まれる。

 (7) 冬瓜を贈った者は、生まれた子供の義父・義母となる


 もう、どんな由来でできた風習なんだか。

 まあ夜中にフトンが水浸しになったら、カアちゃんかダンナのフトンで寝るでしょうから、なんか効果はあるかもしれません。



 中華には「恋の女神さま」って無いんですよね。

 月下老人はもろに「オヤジ神」だし、広東に『泗州大聖』って恋を成就させる機能の神が居ますがやっぱ「オヤジ神」

 『和合二仙』は、戦場に行った息子を探すご夫婦だし。

 考えたら、日本も「高砂や~」ときたら翁と媼、きっと昔は「子の結婚相手は親が勝手に決めていた」からでしょうね。


 「恋人たちの女神さま」を代行しているのは、筆頭はやっぱ、七夕の織姫さまかな?

 でも、織姫さまの職業は機織女(はたおりめ)、芸事の願いは叶えてくれても、他人の恋の手配をしているどこじゃなかろうし。

 織姫さまの廟にお参りして恋を叶えるなんて聞いたことないし。

 観音菩薩は、修行しすぎて無性になった元男性だし。

 女媧(じょか)は恋神ってより「黄色人種の母」

 白娘子(はくじょうし)は、ちょっと恋神さまの感じあるけど、ヘビ仙女だから神とまではいかない。

 近世では、香妃伝説の香妃がカシュガルで恋を叶えてくれますが。


 今のところ「恋の女神さま」を代行しているのは、『嫦娥(チャンウー)という事になるかと。

嫦娥と猪八戒の2ショット

 ただ・・神代の昔の・・母系社会の時代ですからね。

 后羿后羿で浮名を流してるし、嫦娥は嫦娥で西遊記の猪八戒となんか噂があるし、呉剛大仙という仙人となんかあったような噂もあるし。

 奔放なもんです。

 結局、今も昔も猫の世界も、「相手を決めるのは女性側」だなと思います。




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