2018-04-09

白娘子フォークロア(9)雷峰塔の倒壊

 道教 VS 仏教、千年修巧の真仙、白娘子の得ようとしたもの  

 白娘子フォークロア(9)雷峰塔の倒壊  

 (白娘子)




鞘に収めた剣、抜く ── 同時に突く。

突き切ったら引く、斬りも打ちもしない、抜くと同時に突く。

峨眉山の山深く、小青はそんな修練を繰り返していた。



小青は思い出していた。

もう500年以上も前のこと、まだ小蛇だった自分はここに居た。

あの時、猟師の罠にかかった白い小蛇を救おうと困っているところを、ひとりの人間の男が助けてくれた。

あの白い小蛇こそが今の白娘子、自分と白娘子の縁は、既にその時生じていた。

だが小青は、その男が許仙の前世であったことまでは知らなかった。


剣を鞘に収め、数抱えもある杉の大木の前に立つ小青。

対峙する、構えはとらない、距離は刀身の3個分。

気を矯(た)める。


《気を載せると同時に撃つ》 


抜く ── 気 ──  撃つ 


ぼすっ、と鈍い音をたて、こぶし大の孔(あな)が杉の幹を貫通していた。


孔の大きさを指先ほどにまで収斂(しゅうれん)、それが出来れば間合いを伸ばせるのだが。

もうそこら中の木は穴だらけだ。

気の載せ具合で間合いを変えられる、変化する間合い。

それを読まれなければ、勝機はある。

緊張を解いて、小青は考え続ける。


雄黄の剣、白娘子の遺した剣だが、彼女がいつ何処で手に入れたものかは知らない。

彼女はこの剣を使おうとはしなかった。

数年前、心停止した許仙を救うために彼女は崑崙山に出向いた。

その折にも携えては行ったが、結局使わなかったようだ。


数年間、毎日休まずコツコツ鍛錬、そんな事はしなかった。

1日丸々鍛錬、2日は休息。

2日ぶっ続けで鍛錬、3日休息。

3日眠らず続けて鍛錬、2日休息。

そうやって、今は7日間連続で修練を続ける事もできる。

スタミナ勝負、泥沼の白兵戦、それならばヘビに分がある。


白娘子に思いを巡らせる小青。


白娘子とは、ほんの1年ほどの縁だった。

彼女の一途(いちず)さ、それは千年修巧の真仙が採るべき選択ではない。

白娘子に逢うために傷だらけで戻って来た許仙。

雨の降る断橋で額を寄せ合って泣き伏す白娘子。

だが、最後は蛇であるが故に、雷峰塔に封じられてしまった。


確かめたいことが有る。

彼女が得ようとしたものは何だったのか。

結局それは得たのか、得られなかったのか。


そんな事を考える、小青自身が既に白娘子に感化されています。

千年修巧の白娘子が許仙にかまけるべきでないなら、小青自身が白娘子にかまけるべきではありません。

それを何故に白娘子を救おうとするのか、小青は自身でも理解してはいなかったでしょう。


袖振り合うも他生の縁、などと言いますが、

袖振り合うその縁、それは100年の縁。

そして夫婦となる縁、それは1000年の縁(えにし)


法海和尚の行方(ゆくえ)を追わねばならない。


小青は山を降り、杭州へと向かいました。



杭州西湖、南屏の浄慈寺。

小青はそこで、法海和尚の行方を尋ねようとしました。

ところが、法海和尚はそこに居た。


この坊主はずっと塔を看守して白娘子を呪縛し続けていたのだ。

しかも山門の外で待っていた。

知っていたのだ、自分が来るのを。

心構えの出来ぬうちに、いきなり決戦に突入してしまった。


法海和尚が手にした青龍禅杖、まずこれを封じねばならない。

(せん)の先(せん)、相手の攻撃の直前のスキを突いての攻撃。

法海に術を使わせてはならない。


「なるほど、しつこいものじゃな蛇というのは

 せっかく拙僧が見逃してやったものを、それを・・・」


杖を握る法海の左腕、くだらない能書き、言い終わる直前に抜き撃った。


法海の腕が消えた、青龍禅杖だけが立っている。

悠然と右腕に杖を持ち替え、法海が振る。


突風、膨大な圧力、横ざまに飛んでくる。

吹き飛ばされた。


法海の真言 ── 唱えさせてはならない、懐に跳び込んだ。

地獄の間合い、至近距離で法海の背に斬り付ける。


鈍い衝撃、斬れない。


法海の袈裟は、いや袈裟は斬れている。

法海自身の背中が斬撃を受けたのだ、信じられない。


法海の首、身を翻して斬り付ける。

法海の首が消えた。


妖物?

ヒトではない、何なのだコイツは!


やはり、正しい修行は出来なんだか


言いながら、首と左腕が生えてきた。

正面に青龍禅杖、また吹き飛ばされた。


雷峰塔の前で、仕掛け合う泥沼勝負に入った。

対峙する、法海の攻撃、その直前を衝いて斬撃を入れる、法海が受ける。

それが、延々と続いた。

法海は攻撃の全てを受けた。

こいつは、首と腕だけでなく、脚も消すことができた。

そして背中だけでなく、腹も斬れなかった。


泥沼勝負を続けながら、戦いは2日目の夜を迎え、3日目の朝になった。

全然平気だ、むしろ、攻撃のペースを上げていった。

法海は息を切らせ始めている、戦いながら気が付いた。

法海はカメだ、カメが変じて坊主に化けているのだ。


雷峰塔を背にして立つ法海和尚。

首を狙って、雄黄の剣を刀身全体で抜き撃った。

消える法海の首、代わりに雷峰塔の礎石が吹き飛んだ。

こうやって、雷峰塔を少しずつ破壊していった。

今、塔は傾(かし)いできている。


雷峰塔を背にして立った。

正面に法海和尚、法海の真言、青龍禅杖。


上から襲い来る圧倒的な圧力、構わず背を向け、雷峰塔に対峙する。

気を矯める、抜く、気 ── 全てを込めて、撃ち放つ

吹き飛ぶ雷峰塔の基礎石、塔が傾ぐ。

青龍禅杖の膨大な圧力、受けきれない。

だが、雷峰塔もその圧力に耐え切れなかった。


 ずんっ  


地響き、塔の内部で何かが破壊した。

轟音が上から降ってくる。

煙のように砂塵を巻き上げながら、雷峰塔がゆっくり倒壊していった。


想像以上に激しい砂埃、法海を見失った。

瓦礫の山に身を伏せる。

土埃(つちぼこり)の臭い、その中に漂う微かな蓮の花の匂い。

その時、強烈な朝日が差してきた。

白い光、法海和尚の姿が見えた。

そのまま目を見開いて突っ立っている、何かに怯えている。


素早く起き上がり、瞬時に気を矯め、抜き撃つ、

法海の左腕が青龍禅杖ごと吹き飛んだ。

法海が背を向けて駆け出してゆく。



瓦礫と化した雷峰塔、白い強烈な光、光の中に人影。

白い光の中には、蓮座に乗った普賢菩薩が立っていた。


「小青っ」、一声だけかけて普賢菩薩が駆け出した。

いや、白娘子だ、青龍禅杖を拾い上げ法海の後を追ってゆく。


たちまち西湖に姿を消した法海和尚。

白娘子が湖面を駆け抜け、蘇堤を突っ走る。

東浦橋から、再び湖面を駆けて、孤山路。


白娘子の金簪(かんざし)、小さな令旗に変じる。

小青が受け取る、青龍禅杖を振る、白娘子。


湖面が対岸の湧金門まで真っ二つに割れた。

割れ目を中心に湖水が津波のように西湖から溢れ出し、裂けた湖底に湖水が濁流となって流れ落ちる。

湖底が姿を現した、逃げる法海、北に向かって突っ走っている。


令旗を振る小青、湖底から大量のカニが湧き出して法海和尚に纏いつく。


カニに埋め尽くされる法海和尚。

白娘子と小青が追いついてみると、法海和尚の姿が消えていた。

ただ、小さなカニまみれになった袈裟だけが残っている。


どこに逃げたのか、ふと気付くと、カニが横ばいをしていた。

先ほどまではちゃんとタテに這っていたのに。


小青はカニを1匹捕まえ甲を剥いでみた。

中に小さな法海和尚が居た。

指先で捻り潰した。


気の毒なカニたちだ、法海なぞが中に逃げ込んだがために、横這いしか出来なくなっている。

やがては全てのカニが、横這いをするようになるだろう。


ふんっ、西湖の水は涸れたし雷峰塔も倒壊した。

白蛇は再び出現し、自身はカニの眷属が絶えるその日まで出られはしない。

そんな事は考えもしなかったろう。



その時、西湖に鳴き声が響き渡った。


 んもーおお  


何時の間にか、金牛が出現していた。

あれは一体、何だろう?

西湖の湖水が涸れそうになる度に出現し、水を呼び寄せる。

いずれ、自分たちヘビと同じく、水の眷属ではあるのだろう。


物凄い土砂降りがやってきた。

山が水を噴出して、湖の水位はたちまち回復していった。

白娘子が青龍禅杖を湖に投げ捨てる。


「ねえ、お姐さん」


白娘子に問いかけようとした。

だが、白娘子はじっと断橋の方を見つめていた。

間抜けなことに、やっと気付いた。


法海が北に向かって疾走していた理由。

白娘子が西湖を割ってまで法海を仕留めた理由。


雨に煙る断橋の大柳。

その下には、すっかり大きくなった子供の手をひいて、許仙が立っていた。


白娘子が得ようとしたもの。

それが何なのか、少し解ったような気がした。




直感で評価⇒