2017-09-09

奔月(1)后羿射日(中秋伝説)

 古代のアルマゲドンは弓矢で 

 奔月(1)后羿射日 

 (中秋伝説) 



太陽の母親の羲和さん

漆黒の空が蒼味を帯び、雲が朱色に染まりはじめた。

海原は濃い群青からエメラルドグリーンへとグラデーションを描きながら刻々とその色を変えてゆく。


あたりまえの光景、だがその日は少し違った。

朝日の後からまた朝日、次々と朝日が昇り、天には10個の太陽が懸かった。

天球の全方位から太陽光が照射され、日影というものが消え、気温がずんずんと上昇した。

人々は屋内に駆け込み、森からは獣や妖物が逃げ出してきて、川の魚が浮く。

その川も湖も、目視観測できそうなほどの勢いで乾上っていった。


草木が枯死しはじめ、熱中症で次々とヒトが倒れてゆくとんでもない異常気象。

激しい上昇気流に大気が沸き立ち、一頻り雹が落ちると、幾つもの龍捲風が舞った。

上昇気流が造る雲は片端から陽光に散らされ、微細な水の粒子が満ちて、天空それ自体が7色に煌きはじめた。

屋外では猛禽が堕ち、獣や妖物が泡を喰って駆け回る。


巨大すぎて獣とも妖物ともつかない猪獅子が1頭、眼が眩んだまま人家を突き破り、路上に立つ1人の男に向けて突進した。

そろそろ気温は70℃を越えただろうか。

照度は約80万ルクス、眼を閉じても眩しい。

赤い弓、男は眼を堅く閉じたまま気配だけで箭(や)をつがえ、一瞬のうちに2支を撃ち放った。


「すまぬ」、猪獅子に手を添えて呟く男、箭は正面から2本とも眉間と肋三枚(心臓)に突き立っていた。

相対湿度は限りなく100%、息も碌にできない気雰では、この猪獅子もあと人家を5、6個も突き破れば自ら倒れたはずだ。

木の葉を2、3枚引きちぎり、頭上を仰ぎ透かし見て太陽の位置を確認する。

それは弓の名手、箭神の異名をもつ猟師の后羿(ホウイー)だった。

后羿はその足でそのまま、崑崙山へと登っていった。



この10個の太陽は、天帝の子たちでした。

いつもは、1つの太陽が西に沈んだら、東海の涯(はて)の湯谷にある扶桑の樹まで戻ってきて、母親に躯体を洗ってもらいます。

子供向け山海経、太陽が黄身にしか見えない

扶桑の樹を這い上がるうちに、躯体が乾きますから、また天にのぼる。

これを10個の太陽が、ふだんは交代制でやっていました。


交代制も好いのですが、待ってるあいだヒマでしようがない。

太陽の兄弟たちは示し合わせて、悪戯心から一斉に昇ってきたのでした。

ところがやってみると、面白くてしようがない。


(おのれ)が照らせばこそ、天は蒼く染まり、海原は刻々と七色に変化して、黄土に散らばる山野が碧に輝く。

天から下界を眺めるのは大好きですが、いつもならひとりです。

でも今日は兄弟みんな一緒、下界がこれまでに見たことがないほどに輝き、その様子はまるで超新星が爆発したかのようでした。

海や川の神々たちも諌めるのですが、太陽たちは聞こうとしません。



后羿(ホウイー)は崑崙山の山頂に立つと、太陽たちに呼びかけた。


「お願いだから、1つだけは残って、後は沈んでくれまいか」


しかし、すっかり面白くなってしまった太陽たちは、聞き入れない。


「えー、なにー、別にいいじゃないかー

 俺たちは止めないよー、凄く綺麗なのにー」


聞くや后羿、運足三合、神力を得て神弓を引き絞り、一瞬で太陽を1つ射落とした。

太陽がひとつ、黒々と煙を噴き上げながら、東海へと堕ちていく。


「わたしは天帝から言い遣って来ています

 お願いですから、退いて貰えませんか」


いったい何がおこったのか、言葉を失う太陽たちが、今、兄弟が1つ欠けているのに気付いた。

后羿はまた1支の箭を撃ち放ち、今度は2つの太陽が堕ちて、また太陽たちの兄弟が欠けた。

太陽たちがふと見ると、后羿が手にした赤い弓、白い羽根の箭、それはまさに天帝の神弓だった。

大変だ、天帝がお怒りだ、残りの7つの太陽が逃げ惑い、熱風の嵐が吹き荒れ、崑崙山が火焔につつまれた。

太陽を射る后羿さん

(まず)い、崑崙山には西王母が棲んでいる。

ここには西王母の蟠桃園がある。

もしも西王母を怒らせたら、そのまま太陽を殲滅してしまうかもしれない。

速く片を付けなければならない。


惑う太陽の射線が重なる。

炎の中、后羿はまた1支の箭を放ち4つの太陽が堕ちた。

また1つ、また1つと太陽を射落とし、最後の太陽を射ようとして気が付いた。


あたりが、薄昏くなっている。

最後の1つだけ残った太陽が隠れたためだった。

危うく自身が最後の太陽を落としてしまうところだった。

気温は未だ、高かった。

猛烈な上昇気流が崑崙山を吹き昇り、火焔が后羿を炙った。

黒雲が湧き上がり、雲の上で神龍が暴れ、強烈な豪雨が落ちて崑崙山の火焔を消していった。


「以後、真摯にお役目に励まれますよう」


隠れた太陽に告げ、火焔と豪雨の中、后羿は崑崙山を降りていった。






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