2017-07-22

狗妻子(枸杞伝説)

 老母と妻は無事なのか、故郷へと向かう兵士の運命 

 狗妻子 

 (枸杞伝説) 



秦の始皇帝が山東の六国を併呑して中華の国を統一しようとするまさにその時期のことでした。

(六国:りっこく、斉 楚 燕 韓 魏 趙)

秦国の黄河のほとりに、狗子(コウツ)という農夫の若者がおりました。

妻は働き者で才覚の有るタイプです。

ふたりは日がな田畑を耕し、年老いた母親を養いながら日々を過ごしていたのですが、狗子もまた戦地へと応収されていきました。

戦闘の最前線へと送られていった狗子。


 ─ 将軍百戦死,壮士十年帰 ─ 


 数年に及ぶ長期に亘る大小幾多の戦闘

 少なからぬ犠牲を払いながら得た勝利

 生き抜いた将軍と壮士は、帰途に就く


狗子もまた、満面ヒゲまみれのズダボロとなりながら、

最前線の戦地から故郷へと戻っていきました。

その道々で見かけたものは、


 路傍で物乞いをする人々の異様な多さ

 土気色をした村人の顔

─ 腹を空かせて泣き叫ぶ子供たち

 そこら中に転がる餓死者の亡骸


それが郷里に近付くにつれ増えて来る。

これは、戦争の影響ばかりではありません。


一粒とて残さず実を失い、青く立ち枯れたままの麦や稗の雑穀。

そのままに荒れ果ててしまった、田野。

トノサマバッタが異常繁殖して作物や草木を喰い尽くす、例の災害 ─ 蝗害(こうがい)

それがこの地を襲ったのでした。


恐怖に駆られる狗子、老母と妻は無事なのか。

懐かしい生家が見えてきた、家屋はとりあえず建っている。

だが自分の田畑にも周囲にも、作物など只の一粒もありはしない。

パニックになって、家に駆け込む狗子。


だがしかし、家の中は空っぽで誰も居ないのでした。

呆然として玄関でへたりこむ狗子、その背後から突然に声がかけられた。


「おまえはまた、そんなとこトコで、邪魔だよ、のきな!」


「あらあんた、生きてたの?」


えっ、と振り向くと、老母と妻が立っていた。


「お、おまえたちこそ、・・・生きてたのか!」


拙い一言というものがあります。


「なによソレ、『生きてたのか』じゃあ無いわよ

 あんたが行っちゃってからは、私ひとりでさ

 耕作やって、お義母さんのお世話をしてさ

 大変だったんだから

 それが去年と今年と2年続いて蝗害でさ

 収穫なんてありゃあしないんだよ」


「そうだよ、おまえ

 この嫁が居なかったら、あたしゃとっくにさ

 骨と皮になって、ノラ犬の餌になってるとこだよ

 食べ物なんて全然ないんだよ、わかってんのかい、おまえは」


わかるわけありません。

だから心配して駆け戻ってきたんです。

なのに、なんでそんなに元気なんですか!


「しょうがないから、わたしはさ

 山の中で紅い木の実を見つけて来てさ

 お義母さんと飢えを凌いでたんだよ」


「そうだよ、ホントにおまえはもう」


言うだけ言って、ニカッと笑う老母の光る白い歯。

ピンピンしている、どころか以前より健康になっている。

しかも、異様に仲良くなっている。


戦場から苦労して戻って来た旦那の立場がありません。

嫁姑問題というのは深刻なものです。

しかし逆に仲が良すぎると、今度は家の中での旦那の立場がなくなる、という問題を生じます。

もう気難しそうな顔でもして卓袱台の前で新聞でも広げてるしかなくなっちゃいます。


でも、いいのです。

それでも、いいのです。

驚き、喜び、腰を抜かしながら泣き始める狗子でした。


狗子の妻が探し出した紅い木の実を、狗子は近隣の者達にも分け与えました。

狗子の妻の名は『杞氏』といいましたから、『狗子(コウツ)』と『(チー)』から、

人々は感謝を込めて、この紅い木の実を『狗杞(コウチー)』と名付けました。


その後、枸杞子の薬効が認められて医薬品として用いられるようになった頃から、『枸杞(くこ)』の字が当てらるようになりました。

またクコの実の『枸杞子(コウチーツ)は、「狗子の妻」の意の「狗妻子(コウチーツ)」にも通じます。

秦の始皇帝は不老不死の秘法を追及しましたが、その秘薬には枸杞が配合されていたと伝えられています。






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