2017-06-28

翔龍鳳(小龍包@上海)

 南翔の街に置き去られた浮浪児、そこで知った饅頭の威力 

 翔龍鳳

 (小龍包@上海) 


南翔小龍包

【前のお話し】饅頭山攻防戦(饅頭)

【次のお話し】3食点心付き(上海) 


老板(ラオパン)が死んだ。


「日華軒はおまえが継ぐのだ。それは老板の意思だ」


そういう点心師の陳和(チェンフー)さんが継ぐものだと思っていた。

確かに、老板の義子である自分が継ぐのが筋ではあるだろう。

饅頭(マントウ)作りについては、想う処もある。


孤児院

それにしても、10年毎に転機が訪れる。


南翔(なんしょう)の街で路頭に迷っていたら、捕まって孤児院に送られた。

孤児院に収容されていた自分が老板に拾われたのは、10年前。


養子になり、黄(ホワン)の姓を与えられ、明賢(ミンシェン)の名を貰った。

それから10年、饅頭作りを仕込まれた。


農家

もともとは杭州の農家の子供だったのだ。

太平天国軍が杭州を占拠し、自分は接収され南翔の街まで連れられて来た。

それが10歳の頃だった。


1年余で太平天国軍は清軍に破れて敗退した。

自分は置き去りにされ、路頭に迷ってしまったのだ。


飯もろくに食わずに、風に吹かれて流れる生活。

饅頭屋のオヤジに、出来損ないの饅頭(マントウ)を1つ、恵んでもらった。

体で感じた、出来立ての温かい饅頭の威力。


そしていま、自分は饅頭屋で働いている。

現做現売、いま作って出来立てをその場で売る。

たった1個の饅頭が、どれほど人を力づけることか。



黄明賢(ホワンミンシェン)は、自分の仕事に意義を持っていました。

現做現売(シェンツオシェンマイ)をモットーに、温かい饅頭を提供して商売は繁盛していたのです。


黄明賢の饅頭がおいしかったものですから、他店の店主たちまでがやって来て、買っていくほどだったのですが、

ところが、味と技を盗まれて真似をされてしまい、しだいに利益が上がらなくなってきました。


困ったときの解決策。

それはきっと、お客様の声のなかに有るのです。

ひとりの常連客が、点心師の陳和さんと何か話しをしていました。


「なんで商売をもう少し、大きくしないんだ」


「大きくしてどうしろと?

 ウチならこんなもんでしょう」


「違うよ、だから味を盗まれるんだ」


顔をしかめる黄明賢。


「大きくたって同じでしょ、それは?」


「だから違うって、メニューがもっと有ったらさ

 客はコッチにくるんだよ

 饅頭だけだから、手近なとこで買っちゃうんだよ」


脳裡を過ぎる、風に吹かれて流れる生活。

手近な饅頭を、買えない者もいる。


「ありますよ、ラーメンもワンタンも

 黄明賢の代になってから、始めたじゃないですか」


「同じだよ。汁ものも、饅頭も、

 すぐに腹いっぱいになってしまう

 数が捌ける訳が、ないじゃないか」


顔を見合わせる、陳和と黄明賢。


「じゃあ何売ったら、いいんですか?」


「んー、それはー・・・

 こう、チョット塩味でー、

 餅菓子みたいに柔らかくって

 でも、モチじゃなくってー、

 饅頭みたいにパサついてなくてしっとりとー」


なんですそれ、と陳和。

だから考えてよ、と常連さん。


「うん、ゆっくりとこう、

 味が楽しめる小さいやつ

 何か、考えてよ」


黄明賢は想う。

出来立ての温かい饅頭の、威力。



それは現代の日本人にだってわかります。


シゴトで現場作業、それも晩秋の夜間

なぜか50%の確率で氷雨がぱらつく

ちょっとした隙に、みんなでコンビニ

肉まんとホットコーヒーの小さな幸せ


肉まんが大きいと満足度も大きいから、150円の特製肉まんを買っちゃったりもします。

でも、人に差し入れる時は、絶対に100円の小さいやつです。


ですが、


─ 違うのか?

─ 小さくても、いいのか?


点心師の陳和(チェンフー)も、本当はもっと腕をふるいたい。

黄明賢だって、商売を大きくしていきたい。


仕事師と浮浪児あがりの2人が揃って動き始め、店内は大変なことになってきました。


近頃はやりの狗不理包子(ゴウプリパオツ)は小さめだが、でも包子(パオツ)だもんな。

もっと、小さくしよう。

(あん)も小さくするのか?

だめだよ、餡はそのままだよ。

じゃあ、皮を薄くするのか?


試行錯誤、頭で考えても、答えはでません。

餡の配料を工夫し、蒸し上がりにはスープが満ちるようにする。


「だめか、生地を発酵したら皮が破れる」


そのためには、皮も工夫する。

包子(パオツ)のような、発酵した生地は使えない。


「こんどは、餡の上半分が生煮えになる」


小さいが故に、火加減と蒸し時間の条件がタイトになる。

今度は、皮の厚みの最適解を探っていく。


「味はいいのにね、火加減を強くしたら?」


「やったよ、皮がパサついて出来るのは硬いミニ饅頭だ」


「だったら、丁度いい火加減を追求しなきゃ」


黄明賢は、どんどん記録をとっていきました。

陳和さんは、試行の結果をすべて記憶しているようでした。

さあ続けよう、そう言って黄明賢は記録紙を取り出します。


「無理か、あと少し、大変なのはそこからだ」


「小さいからね、火加減だけじゃ限界があるね」


「じゃあ、どうするよ」


「熱効率を上げよう、ヒダを増やすんだよ」


小龍包のあの、ソフトクリームみたいな襞(ひだ)

これにもちゃんと、意味があります。


餡に伝熱するための熱効率と、皮の強度。

黄明賢は、この襞の数も厳密に定め、これを守ったといいます。


その数は、熱源の変化等の調理条件によって変わるはずですが、諸説あります。

どうもこの時は、黄明賢は襞の数を14条かそれ以上としたようです。


こうして、出来上がったのは、


こうチョット塩味で、餅じゃないのに柔らかくパサつかない

しっとりとした、ゆっくり味が楽しめる小さな点心。


そして、膨大な記録の山でした。

「確かめよ、そして記録せよ」、そう教えたのはパスカルだったでしょうか、デカルトだったでしょうか。

黄明賢の手法は、科学的でした。


黄明賢は記録をもとに、小龍包を作るための規格を固めていきました。


─ 50gの小麦粉から正確に10枚の皮

─ 生地の発酵はしない

─ 襞の数の遵守

─ 蒸し上がりの皮は半透明

─ 餡のベースは赤身のブタ肉

─ 餡の配料には旬のものを添加

─ 凍らせたスープの配合

─ 厳格な蒸し時間


そして、蒸しあがった小龍包の全ロットの検査の実施。


黄明賢は計量スプーンならぬ、専用の計量小皿を作ったといいます。

そして、小龍包が蒸しあがったら、蒸篭から1つとり、

計量小皿に乗せて、穴を開け、

スープがしっかりと満ちるかどうか、毎回、自ら確認しました。

南翔饅頭店-城隍廟九曲橋

もしもこの検査に不合格だったら、その蒸篭(せいろ)の小龍包は決して売らなかったといいます。


黄明賢には、味と技を盗まれた経験があります。

もう真似をされるのはこりごり、黄明賢は小龍包の製法を秘伝としました。



150年ほども昔のお話しです。


現在、この黄明賢の流れを汲むのは「南翔饅頭店」です。

有名なのは、上海の豫園の南翔饅頭店で、これが黄明賢の直系です。

通好みで一番おいしいのは、やはり南翔鎮の古猗園の南翔饅頭店とされています。



【前のお話し】饅頭山攻防戦(饅頭)

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【お話し一覧】点心のひみつインデックス 


 南翔って何よ?、え、小龍包って上海の点心だったの? 

 【メモ】翔龍鳳 

 (小龍包@上海) 

今回のお話は、「実話を基にしたフィクション」、という事でお願いします。

なにしろ現行の企業の創業秘話を、勝手に書いてるだけです。

中華のことですから、香港や台湾にも「小龍包はウチが創った」と主張する方はあるかもしれません。

とりあえず上海では、「小龍包の創始者は黄明賢」が定説です。


考えて、試行して、記録して、規格を固める。

黄明賢の手法は科学的で、現代の品質管理に通じるものだったと思います。


日本の工業製品が優秀なのは、ひとえに品質管理を重んじたことにあります。

かつてのSONYの都市伝説。

「SONY製品には時限装置が仕掛けられていて、保障期限を過ぎると壊れる」

そんなバカげた噂も、品質管理の徹底の賜物でした。


統計的品質管理の父、ウォルター・A・シューハートに先駆けること約100年、黄明賢はそれを実践していました。


なんか、近頃の日本製品には、それが欠けて来ているような気がして心配です。



南翔饅頭店の六本木ヒルズ店がオープンする少し前から、冷凍物の南翔小龍包は有りました。

でも、確実に入手できるようになったのはここ数年のことです。

おかげで、一壽(いっしゅう)上海特色点心店でも小龍包を扱えます。


あ、冷凍物をバカにしないでくださいね。

お話しでも述べたように、大切なのは「蒸し加減」

一壽店長の佳佳(ちゃちゃ)には、お話し出来ない「蒸功夫」があります



ところでショウロンポウは、“小龍包”と“小籠包”のどっちが正しいんでしょ?

なんとなく、小籠包っぽいですが、中文ページを漁ってもどっちも使われています。

一壽では“小龍包”の表記です。

表記が2つあるのに気付かなくて、最初に“小龍包”を使っちゃったからです。



一壽(いっしゅう)上海特色点心店の“一壽”は、店長の親父さんが命名しました。

細く永くと祈念して、おかげさまでホントに細く永くなってます。

上海特色点心店”は、店長の希望によるものですが、訊いてみました。


「上海特色点心店って、上海の点心なんて有るの?」


「あるよー、南翔小龍包よー」


点心や飲茶って、香港や台湾のものと思っていました。

魔都上海、租界があったから上海は都会になったけど、ほんとは只の漁村じゃないか。


「南翔って、何よ?」


南翔鎮(なんしょうちん)は、小龍包が発祥した上海郊外の街でした。

奈良に匹敵するほどの古い街で、上海の中心街から20kmほど西北です。

裏をとってやろうと調べてみたら、あんなお話しがありました。



上海は、本来は杭州と蘇州に挟まれた田舎です。

しかし大運河が通っていて、杭州以南の物資の集積所がありました。

特に米は、一旦全部、上海に集中していたのです。


なので、閑散とした田舎だったという訳でもありません。

いずれまたお話しいたしますが、上海には地鶏があります。

上海に行って食べるべきは、魚料理だと思います。


魚を香草といっしょに蒸篭で蒸す、蒸し料理。

店長もよく作っています。

ほんとは川魚なんですが、今の日本じゃ川魚が入手しにくいですから。

かわりに、スズキなんか使ったりしています。


上海もまた江南、魚米之郷なのです

ついでに書いておけば、

大運河を運搬されてくる物資の集積所がありましたから、

上海には、保鏢(ほひょう)という用心棒稼業がありました。

そのために上海には、海賊・・じゃなくて川賊対策のための、船舶の上の戦闘に特化した武術が伝わっています。


って、関係ないか。




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