2017-08-03

尊老之道(枸杞伝説)

 美女のおしおきで気力充実 

 尊老之道 

 (枸杞伝説) 


終南山

体が弱くて病気がちな書生さんが居りました。

そこで、南山に赴(おもむ)いて、仙人を探してみることにしました。

仙道で身体を健康にして貰おうというわけです。

ここで南山というのは、西安にほど近い終南山を指します。

仙人にご用がある方は、終南山に行ってみてください。

終南山は仏教道教双方の聖地ですから、験力のある坊主でも方術使いの道士でも或いは陰士でも、掃いて捨てるほど居ます。

そういった“山で修行する人”が行く山はといえば、終南山と相場が決まっています。

ほらほら、文王(周)も、終南山のふもとの渭水で太公望に釣られています。

隠士や道士をヘッドハンティングしようと思ったら、終南山に行けばよいわけです。


書生さんも終南山にやって来ました。

何日も山の中を行ったり来たり、でも仙人なんて見付かりません。

見つからなくて、当然だと思いますが。

それにしても、山中で何日も行動できるだけの体力が有りながら、

『体が弱い』てんですから、昔の人の体力は測り知れない。


弱ってしまった書生さん。

ふと気付くと、こんな山の中で誰かが喧嘩をしています。


ヒトを打つ音と悲鳴。


恐る恐るのぞいて見ると、それはうら若い綺麗な女性でした。

怒鳴りながら老婆を打ち据えているではありませんか。

これは、いけません。


そこで書生さん、「ごほん」と咳払いなんかしながら出て行って、

滔々(とうとう)『尊老之道』というものを説き始めました。

ポカンと呆気にとられて、書生さんを見つめる、美女と老婆。

美女は、苦笑しながら言いました。


「尊老之道ですか、そうなのですか?

 では問題、この女性はアタシのな~んだ?

 この女はねぇ、ウチの息子の嫁なんだよっ」


・・・えっ・・・そーなの?


と老婆の方を見てみれば、


「左様で御座います

 こちらは私のお義母さま

 私は、7番目の息子の嫁で御座います」


ありゃ、なーんだ、そーなんだー、

だったら、えーと、このケースでは、『尊老之道』は、・・・。

いや、有り得ない。

美女の体は7人からの子を成した女性のものではない。

しかし、美女は続けた。


「アンタにゃアタシが30歳チョボチョボ、

 それぐらいにしか見えないんだろう

 見てご覧よ、この黒髪の輝き、素肌の艶(つや)


と、胸もとを少し広げて見せた。

そこには、ふっくらした谷間がクッキリ


「アタシゃ当年とって、92歳だよ」、と美女。

「その通り、私は今年で50歳になります」、と老婆。


う、じゃぁ、そんろーが道の駅で、

養老に道の駅は有ったっけ?、サービスエリアは有るけど?

美女の素肌を見て、五平餅を思い出してしまいました。

うん、あれは美味しかった。


脳ミソがウニになって、思考停止する書生さん。

そこへ美女が滔々と能書きを叩きつけた。

クコの能書きたっぷりと

「ウチじゃぁ1年四季を通じて『枸杞』をやるのさ

 春は、苗の若葉

 夏には枸杞の花

 秋は、枸杞の実

 冬には枸杞の根

 おかげでウチの者は歳を取るほど、元気旺盛もりもりまるまる

 ビョーキのビの字もありゃしない

 それがこの嫁ときたら、枸杞どころか野菜もろくすっぽ食べない

 鴨だ鶏だ魚だと肉類ばっかり、とうとうくだらない成人病なんかに

 んっとにどうしようもない嫁だよ、コ・イ・ツ・は


書生さんったら、空っぽの頭に枸杞の効能書きをタップリと、

思い切り刷り込まれてしまいました。


だからお仕置き

 アンタも体が弱そうだねぇ

 要るかい、アンタも?

 わたしの、お・仕・置・き


一瞬、「して貰おうかな、美女のお仕置き」

って思っちゃいました。


でも、そこは仮にも書生さんです。

大急ぎで自宅に取って返して、お仕置きのかわりに枸杞を大量に買い込みました。

日が経つにつれ身体は丈夫になっていったそうですが、

果たして、本分である学問の方が成ったかどうかは分かりません。




天下修道・終南為冠 


西安の終南山、単に南山といった場合は、この終南山を指します。

昔からの仙人や隠士や禅僧、そういった修行者の聖地でした。


終南山で星を観ていた尹喜という人がいました。

お仕事で星の観測をしていたようですが、尹喜は聖人の到来を星により知ります。

そこで待ち構えていたところ、やって来たのは青牛に乗った老子でした。

尹喜は老子に弟子入りして、「道徳経」を授けられます。

以来、終南山は道教発祥地のひとつとなりました。


呂洞賓や、その師匠の鍾離権なんかの仙人が修行したのも終南山です。

そして隠士も、何かというと終南山に篭(こも)ります。


日本での有名処は、太公望。

渭水で、鈎のない竿で魚釣りをした時の、太公望が座っていた岩もちゃんと現存します。

『姜太公釣魚台』といいますが、この時、太公望が居を構えていたのはやはり終南山でした。

つまり、隠士をヘッドハンティングしようと思ったら終南山に行けばよろしい。

終南山は、長安や洛陽から、それほど遠くないのがポイントです。


日本の浄土宗のお寺さんの山号には、「終南山」がやたらと多いようです。

もしかして、全部なんですか?


西安の終南山悟真寺で修行していた、善導法師というお坊さんが居りました。

このお坊さんが書いた仏教の解説書に、「観経疏(かんきょうしょ)というのがあります。

これに触発されたのが法然上人、浄土宗を興します。


西安の悟真寺では浄土宗発祥を謳っていますが、ただ、

善導法師がらみで他にも浄土宗発祥を謳う寺には、香積寺(こうしゃくじ)東林寺があります。

たはは、よもや仏教にも、本家と元祖があったとは。


終南山では現代でも、お山に篭って修行している道士や禅僧の方がおられます。

寺や道観に入るのではなく、

禅僧だったら、山の中の洞窟で独り、本気で面壁数年したり、

道士だったら、庵に篭って古色蒼然と、薬草採取しながら丹を練ったり。


お話しの書生さんも、仙人なんか探さずに、道士か和尚さんにでも相談すれば良かったのにね。

まあこれも、枸杞のコマーシャル用の伝説だったのでしょう。




0 件のコメント:

コメントを投稿