2018-01-03

状元及第粥(2)明月を抱いて(お粥)

 月を指し、絶句を1首詠んでみよ、皇帝のお題 

 状元及第粥(2)明月を抱いて 

 (お粥) 



秋の収穫、父親の倫显(ルンシェン)が倫文叙(ルンウェンシュー)を伴って、香山県の小欖鎮(しょうらんちん)にやって来ました。

地主に租を納めに舟で来たのですが、小欖鎮に着いた時にはもう日暮れ。

香山県小欖鎮

舟を舫(もや)って、夜を越します。


綺麗な秋の月夜。

地主の何月渓(フーユェシー)が自宅の小楼でお月見をしていると、何やら舟の方から光芒が目を射してきました。

変に思った何月渓が舟まで見に行くと、舳先ではただ小僧が寝こけているだけ、目を射すような光源なんてありません。

ところが小楼に戻ると、また光芒が射してくる。


舟の舳先で寝ている小僧が只者ではないと感じた何月渓は、翌日、父親の倫显と談判をします。

倫文叙は何(フー)の家に留まり、他の子供たちと一緒に学問をすることになったのですが、何月渓は驚いた。


倫文叙は一度習っただけですぐに覚えてしまう。

忘れないどころか、スラスラと暗唱してみせる。

それを応用して、自分で詩作をすることも出来る。

倫文叙が気に入った何月渓は、この時、自分の孫娘と倫文叙を許婚(いいなづけ)にしました。


戸主が子孫(こまご)の結婚相手を勝手に決める、現代ではずいぶんと乱暴な話しですが、科挙への道は遠い。

西廂記(さいしょうき)のように、科挙に出向いた恋人が全然帰ってこない。

いよいよ母親が決めた相手と結婚させられそうになったら、状元となって恋人が迎えに来た。

なんてお話しもありますが、まあ、許婚といっても何時になったら結婚できるか分かったものではありません。


秋の夕暮れの丘の道、何月渓と孫娘のお嬢さんがふたりで降ってきました。

倫文叙を見つけたお嬢さんが丘の道を駆け下り、お嬢さんの手にした籐篭には緑色のオリーブの実がいっぱい。

お嬢さんがオリーブの実をひとつ、倫文叙にくれました。


「うわっ、渋いや」


「うふふ、もうちょっと熟れたら、広州のオリーブは生でも食べられるんですよ

 これは灰で渋抜きをして、料理につかうんです」


「へー、オリーブ料理なんて知らないや」


「料理ができたら、あとで分けてあげますね

 オリーブは暖かくないと育ちませんが、

 冬は寒くないと実を結ばないんです

 広州はオリーブ栽培にすごく適しているんですよ」


「へー、よく知っているんだね」


「と、お爺さまが、さっき仰っていました」


「なんだ、お嬢さまもさっき聞いたばかりですか」


(フー)のお嬢さんと倫文叙は、許嫁というよりも、幼馴染のような雰囲気になっていました。

香山県の小欖鎮(しょうらんちん)、『(らん)』はオリーブの意です。

日本語でも、オリーブの漢字表記は『橄欖(かんらん)』となります。



そうこうするうちに、倫文叙もいよいよ私塾でお勉強です。

先生は一通り教えたら朗読してろと、自分は窓から外を眺めている。

例によって一発で覚えてしまった倫文叙、早く遊びに行きたいな、何して遊ぼ、なんて考えてる。

おりしも通り雨。

先生が眺めていると、倫文叙も窓から外を見ています。

私塾

先生は、句でたしなめました。


「聞かん坊だな、無心に本でも読んでろよ」

(先生)頑童無心読詩書 

(文叙)先生有意賞氷雹 


「先生いいな、氷雹鑑賞おもしろそ」


単なるいい子供でもありません。

倫文叙はその後、9歳で『童試』を受けます。

童試とは大学の入学試験で、合格者のことを『秀才』と呼びます。

無事卒業して、初めて科挙の受験資格を得るのです。

『童』といっても、実際に受験に来るのは中学生か高校生ぐらいの年代です。

それがホントに児童が受験に来たから、試験官もびっくりして句で問いかけました。


「蝶になるかね、薄っぺらいな透けて見えるわ」

(試験官)大胡蝶遍体錦綉 

(倫文叙)小蜘蛛満腹経綸 


「いえそんな小グモのお腹は、経綸でいっぱい」


『経綸』は「整えられた蚕の糸」を意味しますが、政治の手法の比喩にも使います。

試験官、ギャフン。


北京の湖広会館

卒業したら順次、『郷試』、『会試』の科挙の本試験。

最後に『殿試』で順位を決めて、その後の処遇が決まる。

そういう手順になります。

殿試での第一位が状元です。

倫文叙は、23歳で郷試に合格して挙人となりました。


会試の時期が近づいてきました。

倫文叙と学友たちは京に赴き、「広東会館」に身を寄せます。

ここで研鑽して会試に臨むわけです。

近所にある「湖広会館」に居たのが、ライバルとなる広西才子の柳先開でした。

(メモ:湖広は狭義には湖南・湖北,広義には湖南・湖北・四川・重慶・広西の5地区の総称)


柳先開と倫文叙/映画版

柳先開はお金持ちのイケメン、倫文叙は野暮ったい貧乏人。

そんなライバル、マンガの展開のようですが、2人の対聯が幾つも伝えられており、本当にライバルとして切磋琢磨したようです。


友人が倫文叙のところに駆け込んできました。

湖広会館にとんでもない貼紙がしてあると言うのです。

倫文叙が友人たちと行ってみると、


 新科状元柳 


「今度の状元は柳先開だよーん」


なんて、湖広会館の入口に貼り出してある。

そこで倫文叙、筆をとって『未必』と書き足した。


 新科状元柳未必 


「次の状元は柳先開なんかじゃないよーん」


怒った柳先開が今度は広東会館にやってきて、勝負を挑みます。


「広東出の鳥は、鳳凰だらけで降りられん」

(柳先開)東鳥西飛,遍地鳳凰難下足 

(倫文叙)南麟北走,満山禽獣尽低頭 


「麒麟のお出まし、山の獣はみな低頭」


柳先開は湖北の人とも広西(クァンシー)の人ともいいますが、いずれ山ばかりの土地、これではなんだか漫才の田舎者勝負です。


「広東サクラチル、湖広の柳が先ず開く」

粤劇(えつげき、広東の京劇)

(柳先開)広東花未発,湖広柳先開 

(倫文叙)湖広柳開未得中,広東花発状元来 


「湖広の柳は不合格、広東に状元花開く」


もう、対聯勝負だか子供のケンカだかわかりません。

この後は、お約束の乱闘騒ぎ。

梁儲というオヤジがやって来て仲立ち、この場は治めてくれました。

科挙に合格は当たり前、どっちが1位か?

という勝負なんですが、レベルが高いんだかバカなんだか。


会試の試験問題

会試の結果は、倫文叙が首席、柳先開は次席でした。

このとき倫文叙、33歳です。


柳先開と倫文叙、厳しい会試を潜り抜けた仲間たちと一緒に、ぷらぷら遊びにでかけました。

出先の祠にあった大きな木彫りのカメ、それを見て、


「このカメじゃ、煮ても焼いても客には出せぬ」


下の句を作ってみろというのですが、誰もなかなかできません。

倫文叙を見る柳先開。


(柳先開)梁上鰲魚,難炒難煎難供客 

(倫文叙)門中将軍,不飲不食不求人 


「将軍は、飲まず食わずで、ねだりはしない」


祠の中には、三国志の関羽と張飛の肖像画が貼ってあったのでした。

柳先開、大笑い。

どうやら柳先開のツボにはまったようです。


ほどなくして、殿試。

弘治皇帝(明代10代皇帝)臨席で実施されます。

皇帝が実施する試験を受ける事により、皇帝と進士の間に師弟関係が発生する、という考え方で、皇帝臨席での試験実施となります。

明代は暗愚の皇帝が多かったのですが、そんな中で弘治皇帝はめずらしく明君でした。


出題者は梁儲、いつぞや乱闘騒ぎを治めてくれたオヤジです。

このオヤジは広州南海県を管轄しているから倫文叙派です。

同席する趙士徳は、なんと柳先開の伯父さんでした。


(お題)鴉撲Y枝,Y折鴉飛Y落地 

 (ヤープーヤーチー・ヤーツェーヤーフェイヤールーティー) 


(ヤー)』は字形通り、ふた又に分かれた枝を意味します。

殿試

情景としては、


「カラスが枝に止まろうとした、ところが枝が折れてしまった、カラスは飛び去り、木枝が地面に落ちていく」


それだけの情景をたった11文字に納めています。

しかも、韻(いん)を踏みまくり。

この対句を作るとなると、これは難しい。


ところが柳先開、即座に返答。


(柳先開)豹経炮口,炮響豹走炮衝天 

(パオチンパオコウ,パオシャンパオツォウパオツォンティエン) 


「走りゆく豹の咆哮、響く咆声に疾走する豹、咆哮が天を衝いた」


見事に対応した天と地の情景、思わずうなずく皇帝。


「これは絶唱と言うべきでしょう

 いくら考えたところで倫文叙には、

 これ以上のものは出来ますまい」


と、趙士徳。


「どうぞ柳先開に、状元を賜りますよう」


そこへ梁儲が口をはさむ。


「皇帝の前でなんですか、両者揃ってから決めることでしょう」


オヤジがふたり、言い争いをしている傍で倫文叙。

聞いてもいない。

目を閉じて楽しそうにしている。

ゆっくり熟考、そして、


(倫文叙)鵠掠谷穂,谷垂稭去谷朝天 

(フーチングースイ・グーチュイチエチーグーチャオティエン) 


「白鳥(しらとり)が麦穂を掠め、麦穂は落ちて麦藁は枯れ、麦は再び地から天を目指して延びてゆく」


『谷(グー)』は穀物全般を指しますが、ここでは「麦」としました。

カラスと白鳥の対応、そして「谷朝天」。

これには、「科挙受験者」=「官僚志願者」即ち「谷(麦)「皇帝を拝する」という意味が込められ、

さらには柳先開の「炮衝天」にまで対応している。

倫文叙が「谷朝天」で皇帝を拝したら、柳先開の「炮衝天」は皇帝に叛(そむ)くことになってしまいます。


 ・・・ やられた! ・・・ 


青ざめる柳先開、再び論争を始めるオヤジがふたり。

そこへやって来たのが、朱尚徳というオヤジ。

このオヤジは皇帝の叔父で中立派、弘治皇帝が助言を求めたところ、


(お 題)鴉撲Y枝,Y折鴉飛Y落地 

(柳先開)豹経炮口,炮響豹走炮衝天 

(倫文叙)鵠掠谷穂,谷垂稭去谷朝天 



「倫文叙の方が宜しかろうな

 上の句に良く合っておるし、

 第一、『豹経炮口』では、兵器のイメージが・・」


形勢不利と悟った趙士徳が口を挟む。


「今回の出題は梁儲によるもの

 公平を期すためには、

 皇帝自らの出題を、

 再度、お願い致します」


弘治皇帝、承諾。



次の日の、綺麗な月夜。


思い起こす、倫文叙。

広州香山県小欖鎮の、あの月夜。

あの月夜から、科挙への道が開けた。


皇帝のお題、月を指し、絶句を1首作ってみよ。


柳先開、やはり速い。

更に少し考え、詠みあげる。


(柳先開殿試詩)


 読尽九州十国嶺 

 吟成四海五湖詩 

 月中丹桂連根抜 

 不許旁人折半枝 


柳先開にしても、ここまでは生半可な道ではありません。

官僚の親類がいっぱい居る、その中での科挙。

半端ないプレッシャー、負けられぬ。


「世の書も詩歌も読み尽くし

 月の丹桂そっくりと

 今宵こそはと持ち帰る

 隣の人にはあげないよ」


ラフに訳して、そんな意味になるでしょうか。

月に在るもの、


 玉兎 ─ 薬を搗く神獣 

 嫦娥 ─ 月中の広寒宮に棲む仙女 

 呉剛 ─ 丹桂を伐る仙人 

 丹桂 ─ 月の神木 


状元を丹桂に託して詠んでいます。

趙士徳もさすがに、その詩の美しさに静かにもらしました。


「詠み尽くしておりますな

 決まりではありませんかな?」


小欖鎮

「詠み尽くしたとも言えまい

 焦ることはない、倫文叙の句も聴いてみよう」


朱尚徳が静かに応えた。


もの思いに耽る、倫文叙。

脳裡に浮かぶのは、


─ 必死で学問をさせようとした、父 

─ 野菜を売り歩きながら吟じた、詩 

─ いつもお粥を食べさせてくれた張老三 


そして 


自分を見出してくれた、何月渓(フーユェシー)

純情可憐な、何(フー)のお嬢さん、

あのお嬢さんの面影が、月影に重なる。


月を見上げ、


粤劇の倫文叙

 (倫文叙殿試詩)


 潜心奮志上天台 

 瞥見嫦娥把桂栽 

 偶遇広寒宮未閉 

 故将明月抱帰来 


「やっと天までやって来ました

 嫦娥が丹桂のお世話をしておりますよ

 おや、広寒宮がまだ閉まっておりません

 それでは、明月を抱いて帰るとしますか」


観衆絶句、ややあって、弘治皇帝、

(弘治皇帝)強中更有強中手,一山還比一山高。


上には上があるものよ、山の向こうのその向こうには、

きっともっと高い山がある~♪

たどり着いた奴はまだいない~♪


状元は倫文叙と決まりました。


柳先開は丹桂を持ち帰りました。

しかし、倫文叙は丹桂ごと明月を持ち帰った。

だから倫文叙の勝ち、そんな評価が有りますが、しかし、


嫦娥(チャンウー)なり明月なりを、小欖鎮のお嬢さんと読み替えると、


「私は天までやってきました

 『お嬢さん』はオリーブのお世話をしていることでしょうか

 果たして、チャンスがまだ閉じてないのなら

 私は是非とも、嫁取りに行ってみたいのです」


素人考えではありましょうが、そんな風に読めてなりません。

実際、状元ともなると他に結婚話など幾らでもあったであろうにも拘わらず、

倫文叙は、その後、小欖鎮の何家のお嬢さんを妻に娶ったということです。



広州の叢桂路、張老三の店の前にやたらと人だかりが出来てきました。

ドラや鉦(かね)の音が響いてきます。

何事かと、オヤジが出てみると、役人が大勢でこっちに来る。


「新状元のお通りだー」 


状元が200年ぶりに広州から出た、そんな噂は聞いていましたが、

それで練り歩いているようなのですが、

その新状元とやらが、こちらにやって来ます。

隊列が店の前で立ち止まり、楽の音が鳴り止み、馬から降りながら新状元が、


「何年ぶりだろう、俺だよ、わかる?」


「まさか・・・、詩吟小僧か!


倫文叙は店内に入り、テーブルに就いて、店の中を見渡し、


「張老伯、いつものヤツを頼むよ」


例のお粥、倫文叙はすすりながら、子供の頃に詠んだ詩を吟じ始めました。

父親は早い時期に逝去しました。

その後、苦労をかけた母親ももう居ません。

西禅寺の普昭和尚、胡員外さん、そして、柳先開たちとの楽しく苦しい日々。


「俺はね・・・」


お粥をすすり、


「このお粥で、状元になったんだね」

三元及第粥

 腸粉 ─ これで、『郷試』 

 豚肝 ─ これで、『会試』 

 肉ダンゴを指して、


 「これが状元だね」


 状元及第粥 


宣紙にそうしたためて、店内に貼り出し、

突っ立ったまま、泣き始めました。


すっかり年をとった張老三は、倫文叙の肩に手をやり、


「お粥ぐらい、いつでも食わしてやる」





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